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  • 6 hours ago
Standalone Episodes - プロ野球 レジェン堂 2026年04月21日放送 Ep30 江川卓×徳光和夫▽2週連続江川卓SP(2)

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00:12何も拘束されないという説明を受けたんですよ。
00:14いやずるくてやるんじゃないんですと。
00:15何が anyんですとそれで着席しようと思ったら向こうの方からうわってきてgraduateみたいな今夜のプロ野球レジェンドは前回に引き続き数々の伝説を残し怪物と呼ばれたレジェンド江川ですね
01:01マウンドにみんな集まってもらって自分の思ったボール投げたいんだって言ったらお前がいたからもう甲子園春も夏も来れたんだから言ってくれたのでその時にもう一つ慣れた感じが僕ありまして3年間で一番速いボールを投げようと思ってストライクを得るよって気はなかったんですよね変な変なもんですけど試合のボールをバッと投げたんですよ
01:27そしたらボールが上行って自分の頭を通り越してアンパイアの面に当たったんですよでアンパイアの人が倒れちゃって交代したんですよ一球で嘘みたいな話なんですけど本当の本当の話ですから特にやっぱり慶応でしたかったなぜか急に父親がお前は受験勉強したことがないって言い出しまして新聞がスクープしたんですよ
01:47その慶応の問題を教えてるんじゃないかって言い出したんですよそれで一応慶応はダメになったんですよでクラウンさんが指名していただいたら九州なのでとりあえず在京じゃないとダメ在京球団だったらどっか一位示したらOKだったんですか
01:49?僕はねヤクルトでもOKだったわけですね
01:51?多分言ってたと思います
01:58そうなんだ金銭トレードじゃないと僕できませんと人に迷惑かかっちゃうから条件金銭トレードだったんですか
02:08?そうですそれで金銭トレードで反抗したら1月31日に小林さんが空港からこうこれはきついねこれはきつかったですねね消費家とかねそれはきついです
02:341973年選抜甲子園で怪物江川がついにそのベールを脱ぎました。
02:48脱三振60でこれが選抜の記録になるわけですよね決勝までいけば多分70かもうちょっといってると思うんですよ投げたボールがピューンと浮いてくのが見えたんです本当に
02:54高校最後の夏を目前に控えた頃のお話から引き続き伺います
03:19でも全国全国的にはですね逆にその江川ってすごいピッチャーがいるぞってことで相当招待試合であちこちそれからはすごかったです金曜日学校終わってからそのいろんなところに四国とか九州とかに北陸とかお呼びいただいて土曜日は投げるんですね1試合日曜日は多分3
03:21,4人半分投げたと思います
03:39日曜の夜帰ってきて授業を受けてまた金曜日の時に行くっていうだから相当へばっていたんだと思いますだから毎週末はどっかに遠征してた当時対戦した加計夫さんと西本さんからの証言もあるので
04:01当時の作信学院との練習試合で江川さんとその時投げ合ったと投げ合ってますねはいその時の江川さんの印象っていうのはいやそうかったですもうボールよく浮いてくるホップスーツって言うじゃないですか聞いたことあって見たことないじゃないですか打席立った時本当ボール浮いてきましたからねいやこれすごいなと思いましたね
04:20江川と西山はあれですか1個1個違いですよね江川さん1個です上ですよね西本さんが1年生で2年かな2年生江川さんが3年生1番早い時ですね江川さんその時です野球人生の中でその人が後々ライバルになるかは思わなかったでしょ全然思わないですよねその時はね
04:50学生の頃はあの1回だけですね作信の方に練習試合に行ったことあるんですで僕はその大橋くんというサイドストローの僕彼のプロ入ったんですけど彼には1打席目に右の左にボール当たりまして引っ込んだんですよで医務室で治療してもいただいて結構強烈に当たりましたのでそれで3回ぐらいに戻ってきた時に作信のブルペンが残音に行きだすんですよ
05:19どうなってんのって思ったロープみたいなの張り出すんですよほいじゃ笑顔が来るわけですよほんと野球見てるファンの方がみんなプルペンに行くわけですよへえそれで僕はもう人ができてますから見えなかったんですけどあのミッドに入る音ですね今まで聞いたことのないような音を出してましたその時が初めての笑顔ですかそうですもう7種のバッターは
05:32もうこんなボール見たこともないという顔をしてみんなベンチに帰ってきましたはぁーまっすぐもう全部最新ですもんその時でも対戦してたらどうだったんですかね高校時代に
05:44あれは打てなかったでしょだから良かったと思います高校以外にもしもあの打席に立ったらあのボールをずーっと頭が残像があるわけじゃないですかトラウマになるわけだええトラウマになると
06:02今西本君と一緒にブルペン映ってるじゃないですか人がものすごい周りにいますんですよねだからあそこのブルペンで僕全力で投げたことないんですよどこに誰がいるか分からないからこのブルペンは全力では僕投げたことないんですよはぁーだから8割ぐらいで投げてます
06:32え、人前でむしろいいところ見せようっていういや分かっちゃうじゃないですか球筋がうーん加藤さんがあのミッドの音でびっくりしたって言った時も全力では投げてんのか投げてないですねだから人がいるからうーんだから例えば室内練習場とか誰見られてくると投げてることありますけどこういう状態では僕全力で投げたことないんですよ試合では投げてますようーんその全力投球を知ってるのはある意味でキャッチャーですよねあ、そうですねそれちょっと面白い話がありまして
07:01亀岡っていう当時小村という亀岡が精鋭保守でもう一つ中田くんっていうキャッチャーが同級生でいたんですよ中田くんはこのブルペンのボールは受けてるのでしょっちゅう受けてもらってるのでたまたまその亀岡が怪我をしたことがありまして初めて中田くんが出る時があったんですよ中田くんはブルペンで受けてるので1球目試合のボールをバーっと投げたんですよ中田くんいつものようにこうポンとミットを出してそしたらボールが上行って
07:16自分の頭を通り越してアンパイアの目に当たったんですよでアンパイアの人が倒れちゃって後退したんですよ1球でへー嘘みたいな話なんですけど本当の本当の話ですから
07:26それで3年の夏
07:41いよいよこの栃木大会を変えるわけでありますよねこの時はもう全国の強豪チームを打倒江川で対戦してるわけですけれども全国の野球を反としましては江川が全国政府が成し遂げると
07:59それが楽しみだったわけでありますよね言ってみればねそして栃木大会では2回戦3回戦とノーヒットノーランで準々決勝も完封宇都宮東に対しても最後ノーヒットノーランで栃木大会優勝
08:29そうですねでもこれねさっき話が前後しますけど初対試合であっちこっちに連れ回されて相当疲労もありましたよねこの頃はそうですねだから甲子園出るっていうのは何としても出なきゃいけないっていう気持ちが強かったですから疲労はあったのかもしれないですねかなり江川さんだってね高校生ですから青春期でしょノーヒットノーランとか完全試合って当たり前のようにとってるけどその都度嬉しかったでしょそうあんまり甲子園出るためにゼロで行かなきゃっていう意識の強いんですよね
08:58だからノーヒットノーランやったからなんかやったぞみたいなの全然ないんですないんだガッツポートなんかやったことないなかったですね初めてやったの20勝した時ですねああそうあと日本一になった時ここ時代はなかったってことないですでもゼロで行かなければっていうのはその打線の方での打撃でのそんなに取れるチームじゃなかったので何かで1点取られちゃうと負けちゃうっていう意識が強かったですね失礼ですけどやっぱり
09:16野球はやっぱり俺が投げなければ勝てないみたいなところがあったと思いますんで野球を9人でやってるっていう意識はあんまりなかったですかそれがそのマスコミの方がわっと来ると取材が僕のところに来るのでお昼ご飯食べてる時に全員が離れるんですよああそうか
09:36一人で食べるようになるんですよで周りの人もみんな嫌がるっていう同級生が一人でお昼とか食べることがいっぱいあったのでそれが何とも嫌だったんですね本当は仲間と一緒にいたいわけだった痛いんですけどいられないっていうことがいろいろありましてあえて自分を孤独にしてたわけじゃないわけですよ
10:06やっぱり江川少年としましてもやっぱりみんなと一緒にやっぱり戦いたいって気持ちがあったわけですよねそうですね甲子園雨の調子小戦最高のボールでさよなら負け伝説で甲子園で延長15回でしたよね柳川で延長15回柳川の試合なんか見ておりますと思い出しますと明らかにストライクだなと思うんですけどやっぱりもう球進が半顔引きで柳川の方に行っちゃってるんですよね
10:34で江川さんに働き厳しかったっていう記憶がありますね私は2回戦の調子商業で最後延長12回のさよならをしばしというここまで調子商業には負けなしで来てたこれ斉藤監督っていう調子の監督さんが江川優に慣らせさせるので練習時はいっぱい組んだんですよ何回も何回もで関東大会でも当たってるので慣れてきてるんですよね
10:51向こうのラインが速さとかそういうものに癖とかもそれでやっぱり食いついてきて夏だったんですかこっちの疲労もあったんでしょうけどやっぱりしぶとい弾液をしてきましてそれで結局延長12回で負けるわけですね満塁になって押し出しするんですけど
10:55その調子商業との最後のシーンといいますか満塁で2
11:12-3になった時3ボール2-3ですよ今で言うとねフルカウントになった時に僕タイムをかけましてそれでマウンドにみんな集まってもらってバラバラでしたからマスコミの方に取材を受けた時にこれバラバラだったのでここでなんか自分の持ったボール投げたいんだって言ったら
11:42一塁の鈴木っていう選手がお前がいたからもう甲子園春も夏も来れたんだから好きに終わっていいよって言ってくれたのでその時にもう一つの慣れた感じが僕ありましてその投げる瞬間は3年間で一番早いボールを投げようと思ってストライプ得るよって気はなかったんですよね変なもんですけどそれで一番早いボール投げたつもりでいますねそれがボールになって押し出しになるわけですけど非常に自分の中では爽やかに追われたっていうか
12:08雨の中でしょ確かにでもいい終わり方でしたね雨の中でも爽やかもう気持ちよかったですね最高にいい場面があったと自分で思ってでもないのに嬉しかったんじゃないですかそこで江川さんがタイムをかけてみんなを集めたっていう夏はそういう美談なんですけどみんな仲悪いんですよその瞬間だけ仲良かったんですよ
12:28憧れの六大学へ早稲田のつもりが慶応に伝説高校で作新学院の3年間でなんと2度の完全試合とですね12回のノーヒットノーランを記録いたしまして当然これはプロ野球としましてもドラフト第一位指名ですよね
12:55大学への思いはやっぱり強かったんですか総計戦もう総計戦です中学校の時見た総計戦が忘れられなくて春と夏甲子園に出れたので次の目標は総計で野球をしたいと特にやっぱり慶応でしたかったこれ総計どちらかでやりたいっていう思いだったんですよ
13:22先輩の八木沢さんがこれじゃねえやいいですそれ使ってくださいね早稲田入ったじゃないですかですから江川さんは実力でやっぱり慶応いきたいっていうそういう気持ちが強かったのかなっていう風に思ったんです徳見さんはそう思って今日は徳さんですからね本当の話をしないといけないんでしょうから
13:47早稲田の推薦が決まってまして推薦いただいてましてそのままじっとしてたら多分推薦で早稲田入れていただけたと思っておりますがなぜか急に父親がお前は受験勉強したことがないって言い出しましてちょっとここで受験勉強してみろと言い始めたんですよ突然
14:12どういうことなのかこれ分かんないんですよそれで部屋でも全部やってたんですけど受験勉強早稲田に入るためのそしたら突然父親が受験勉強今からするためには早稲田じゃなくて慶応にすると言ったんですよ全然意味が分かんなかったんですよそれで分かんなくはないね俺はね分かんなくないです
14:38父親江川さんの父親はやっぱり侍だなと思うんですよそうなんですか推薦で暇ってんのになんでそっちの勉強するんだか分かんないですやっぱり文部領土で育てたいっていうのが一番最初のお父さんの目標だった野球選手にさせたいけれども文部領土でっていうそういうお父さんだったんじゃないのそれでまたドラフトされちゃったんですよそれでドラフトの前に阪急1位
15:05お断りしたんですよ一応進学をするので絶対にドラフトされても行きませんって僕宣言したんですよだけど阪急さんが1位にしていただいたんですよねそうでしたよねそれでまたちょっと騒ぎになってなんで行かないんだみたいな最初行かないって言いましたって言ったんですけどうわー大騒ぎになってなったんですよまた仮の話で恐縮なんですけど
15:35あの時ジャイアンツが指名1位指名してましてもやっぱり進学でした勉強も早稲田で文系は地理を受ける予定で地理をずっと日本史の時間も世界史の時間も地理やってた社会科は地理で受ける地理したってことやってたんですよそれでそしたら慶応を受けることになりまして受験科目見たら地理がダメなんですよないんですよそれが絶望的な話ですよ社会で地理なかったんですかあったんですよ選択なしです地理
16:00えーって言って教科書見たことないですから日本史と世界史の時間にチリ見てたからそれで合宿を行くってことになって夜ゼミで僕日本史やる生徒が終わってから生徒がいるとなんかいろいろ分かっちゃうから生徒の人が帰った10時くらいから夜ゼミ行って日本史やるっていうのが始めたんですよ夜ゼミに行ってたのはいそうですか
16:19数学と英語は豊橋でいろんな人と10人くらい慶応受験したい人たちが合宿してたんですよ勉強してたんですよそれはありますよねそしたらそれをですねある新聞がスクープしたんですよその慶応の問題を教えてるんじゃないかって言う方がしたんですよ
16:46全然違う慶応出た慶応出た先輩の方が軸をやっててそこで勉強してたんですよそしたらその問題を教えるんじゃないかって思ったんですよそれで大騒ぎになっちゃったんですよそれで一応慶応はダメになったんですよそこで合格させちゃうとそういうルートがあるんじゃないかって思うそういうことなんですよ
17:15その時に慶応が受験で失敗した時に早稲田もお断りしちゃったので受けられないわけですよそうだね六大学が一応残ってるのが試験がなくて全部終わってますから残ってたのが二部の試験ですよなるほど法制と合格だったと思いますそれの試験が残ってたんですでじゃあ総教宣できなくても六大学でやりたい思って法制の二部っていうのを受験して
17:45でこの二部で入れば天文試験ってのが難しいのがある二年生は一部編入のものすごい試験が難しいのがあるんだけどそれにかけるしかないっていうことでで法制を受験させていただいてそしたら法制側の方から推薦でって言われたんですよらしいです父親が断ったんです父親が
18:01うちはちゃんと受験生として受験させるんですでその二部の試験を受けたんですね受けたらこれ嘘っぽいんですけどほとんどトップで受かったらしいんですよまたそのね知事があるから知事があるからね
18:09もうね出る問題出る問題そのやったのが全部出たんですよへぇーだから全部これいいの
18:29?みたいなできちゃったんですねそれで法制側がびっくりしちゃってで一応二部に入らせていただいて二年間して一部の天文試験を受けましてそうでしたよねで天文して受かりましてねこれでも一部に行くんですこれは最難関ですよ大変難しかったですね
18:58それが一応受かりましてということになりましたえーとこれもあんまりお話したことないですけどピッチングの機能を全部教えるからということでフォームを全部直していただきましてだからもう大恩人で明日先発するかって聞かれたんですよそのままお願いしますってえぇー江川さんのイメージ変わりますいや僕は別によくイメージ変えようとしてもうこの年ですから今から変わってもしょうがないので
19:07東大生に打たれた人生で初めてのホームラン伝説
19:31霊法制に入られて1年生の春ですけれどもこの時東大との試合で2リーニングに登板された受験で運動をほとんどやってまして14キロ太りましてへぇーそれで春ほとんど投げれる状態じゃなかったんですよ本も崩しちゃってもそれで走り込みだけで12キロ減りました春の
19:34はぁー1年生で投げたんですか
19:36?春?1年生春ちょっと
19:47何かリリーニングか何か投げてるんですよねうんうんうんでも実質投げたのは秋からですねうんうんえ、その時に東大戦で初クラブシなんですか?
20:00最初の負けが東大ですうーん本当にまだやっぱり調子が上がってなくてうんうんそれで東大に負けたんですよねホームラン打たれてうんうんはい、負けましたね、ホームランって高校時代打たれたことあるんですか
20:03?えっと、練習時代ではあるようですけど公式戦1回もないですないですか
20:13?1本もないですじゃあ本当あれだ初めてのホームランはい野球人生のキャッチャーの渋沢さんという方じゃなかったかなとへぇー打たれました見事にあー、そうですね
20:15もうやっぱり東大研究してたんじゃないの?つまり1球目は高段、2球目は高段そうらしいですすごいすごいその頃東大がそういうことを全部やってどういうボールが何球目に来るってやってたみたいですよだからね、江川さんが6大学に入った頃の形がね東大ちょっと強くなるんですよね強かったですねうんあのー、ホームランのOBではいあのー、後に金鉄パースっていう球団はいその初代監督の藤田昌三さんという方が江川さんにとっては非常にやっぱりその出発生になるような方だ
20:46はいえーと、これもあんまりお話したことないですけど
21:00えーと、その14キロ太った時にフォームを全く分かんなくなりましてそれでどう投げたらいいか分かんなくなっちゃったんですけどで、OBであるその藤田昌三さんがえー、いろいろ教えていただきまして
21:06フォームの直し方っていうはー、それでキャッチャーだった方なんですけど
21:36フォームの藤田昌三さん
21:51あのー、全部ほんと教えていただいたんです京王からそれで今、それで自分の中でいろいろアレンジして解説をさせていただいているのでああ、そうですか早稲田、慶応に行ってれば藤田さんとの出会いはなかったかもしれない
21:59そうですねそう思うと不思議だよねはい人生ってねはい、思います六大学で打帽も炸裂
22:10?あと一歩で三冠王伝説で、この秋に法政は優勝いたしまして江川さんが6勝1敗これは防御率がすごいんでね1
22:19.14史上最年少でベスト9に選ばれるということになるわけでございますけどえー、まああの当時の法政は
22:48それこそ高校時代に思い出深い金光さんであるとか筑田さんであるとか広島から来られた方がいっぱいいましたね、来た人がいますもんね金光は社会人に行きますけどそうですね上松はね、阪神に行きました赤間田はロッテに行ってはい、島本もプロ入りましたねそうですねジャイアンツはい、そうですよねさあ、そして2年生の時は春と秋ともに明治が優勝して法政は2位だったわけなんですけれどもその時、とにかく明治は
23:01打倒江川さんということで対抗意識がすごかったということを香取さんが証言されてますのでそちらもご覧ください香取一級したですね僕が3年生まで法政に負けると怒ってましたよえ
23:10?法政に負けると江川さんが言ったんで勝てなかったんです今までずっと打倒早稲田とかって書いてたんですけど打倒江川に変わるんですよ
23:15はぁやっぱり江川投手は大学時代もそんなにすごかったんですか
23:28?すごかったですストレートに関しては急にこう今までホップ率が急に流れるみたいな感じですかねそれを感じましたねなんか島岡さんの話ですと江川さんに負けた時は高校生に負けるなみたいなことを言ったっていう話が
23:58そうですかちょうど1年の秋に優勝できて2年生の時は明治に負けるんですけどその時これは言い訳になるあれなんですけど右肩は薄利骨折してましてはぁ薄利骨折してはると秋投げてたんですよあ、すごいだからあんまりちょっとボールは明治に申し訳ないんですけど薄利骨折してたのでオゾン注射っていうのを打ちながら投げてたんですねそれがようやく直って3年生の時に
24:28そうなんですか高校はトーナメント式で勝ち進んでいくじゃないですか大学はリーグ戦じゃないですかちょっと心境っていうか投げるモチベーションっていうのは野球詳しいものすごい詳しい詳しいですね大学野球ってそれが大事で2勝しないと勝ちにならないので勝ち点1ってつかないので1試合目は先発するんですけど2試合目は勝ってたらリリーフするので
24:481試合目に全力で投げちゃダメなんですよ1試合目全力で投げちゃうと2試合目投げれないので1試合目はどうやって投げるかっていうとセカンドとかサードに行くまではコントロールだけで投げて力入れないんですセカンド行ったらサード行ったら全力で投げないと点数取られちゃうんでそういう投げ方をしてたんですね
25:14でも大学時代のリーグ戦の投げ方があるいはバッターに対しての人の対峙の仕方がプロ野球でギアの上げたり下げたり結びついてるそれはあったと思いますバッターを見ながら投げるとかコントロールとかってそこでちょっと磨けたので大学時代3年4年で連覇しなくて構成は4連覇するんですよまさにその原動力になったわけですけども
25:42これその4連覇してる時に打撃成績もいいとこつきましたね秋のリーグリーションの時の打撃危なく3冠王だったんですよそうですよね一応ホームランが2本かな打点が10じゃなかったかなそれで打率が3割ね4分か6分か分からないですけど3割4分2輪3割4分2輪2位なんですよそこでちょっと3冠王とっておけば話は変わったんですよ大谷さんにもうちょっと言えるんですよ
26:07ということはこの時の優勝は一番嬉しいですか3年生くらいの時の優勝はやっぱり4回目ですね4回目はい学年で言うと3年生4年生4年生の最後がまた余計な話なんですけど4年生ですからお酒飲んでいいんですけど優勝杯っていうのがあるんですけどそこに全員でビールを入れて飲むんですけど
26:26僕はお酒飲まないことになってたのでみんなには一緒に出かけないのでみんなとかの人とか僕はお酒飲めたので最後についたやつを一気に全部飲んだんですよこれまた信じないんですよでっかいんですよみんな途中で飲めなくなって僕全部飲んだんですよへーって飲んだんですよそしたらみんなびっくりして
26:53お前酒飲めんのっていうもちろん飲めるよってだけど飲むって言わなかったけど飲めたんですよっていうのは思い出です随所で驚かせますね人をねそれが好きなので4年生の最後の試合っていうのは秋の時に47勝目をしてそうだで48勝目が山中先輩が
27:22放射の山中先輩が持ってたんですよそうですねで、それはあの最後のシーズンになって新聞がこう書かれ始めたのであ、そうなんだって僕知らなかったんですよあ、それまであ、そうなのってあ、じゃあこう追いつくんだっていうのになってえー最終戦の前の日の第1試合目に勝ったんですねうんで、2試合目がヤリタっていう同級生が熊谷商業から行ったらヤリタっていうのがいなしたい選抜が決まってまして
27:50で、ヤリタが先輩だったんですけどその時にあの五名を監督から呼ばれまして明日先輩するかって聞かれたんですよ明日勝つと山中さんの記憶並ぶけどなってどうするって言われたんでいえいえってヤリタが決まってるんでそのままお願いしますってうーん監督に言ったらそれでいいなって言うからはいってで、ヤリタが投げて優勝したんですよああ、そうですかその時が一番嬉しかったです
28:05自分が投げてじゃなくてえいえ、江川さんのイメージ変わりますいや、僕は別にニューヨークイメージ変えようとしてもうこの年ですから今から変わってもしょうがないのでなんか勝手にずっと私はもう江川さんも自分がもう一人で投げて勝てばいいだろうっていう
28:24わりとそういうタイプじゃないんですよねそうだよねえ、でも48勝並べたじゃないですかそこはもうそこの記録はどうでもないだからそれがヤリタじゃなくてその、なんでしょうね、もし3年生だったら投げたかもしれないけどねなるほどね監督に言うとおりねヤリタも最後で優勝同士、胴上げ同士ですから
28:45どんどんいいイメージになってるんでしょいや、ほんとね、今からイメージよくしてどうしようなんでそうなんだよ、遅すぎるよで、クラウンさんが指名していただいたら九州なので、とりあえず在京じゃないとダメって在京球団だったら、どっか1位指名したらOKだったんですよ僕はねヤクルトでもOKだったわけですね多分行ってたと思います
29:08あ、そうなんだよクラウンから1位指名も、親戚の意向で、九州は遠い伝説いよいよですね、迎えました、今度はドラフト会議でありますけども実は当時、抽選の順位を引くくじ引きがあったじゃないですか
29:36これね、徳さん、これ説明しないとね、今の人分かんないんですよね当時は本抽選っていう前に予備抽選っていうのがあったんですね何番目に本当のことを引くかっていうのがあってで、1位がクラウンさんで、2位が巨人だったんですねだから僕らもやったと思ったわけですよ僕もやったと思ってましたそうでしょ、2位でねクラウンさんが地元の門太さんっていう太陽に入ったピッチャー
29:42はいはいはい片田さんを指名するってもう言ってたんです、公明してたんですそれは分かってたんですか
30:02?クラウンさんがもう発表してたんです青年学院から言ったら片田さんが宇宙1位だったら片田さんに行きますってで、2番くじが巨人だったので徳さんはこう思ってたでしょ僕も目立たないところでこう思ってたんです決まったなと思ってたら
30:19もう時代はね、本当に歴史っていうのは意地悪だなと思うんですけどこの時のクラウンが根本さんだったんですよねあら、よくご存知ですね怖いですね、今日しゃべる根本さんは法制のOBですよ、しかもね先輩でらっしゃって
30:45もう一番尊敬してる人ですからああ、そうかそれで一時指名していただいたんですようん、ですよねはいでも根本さんとしてはやっぱり江川を優るをやっぱりジャイアンツに行かせたくないみたいなところあったんですかねいや、その話はしたことないですね、根本さんとはご挨拶をしていろんなことをお聞きすると本当に野球の改革とか中心におられた方なのでそうなんですよはい
31:13根本さんやっぱり野球界全体を考えるとあの江川さんがジャイアンツに行っちゃったらもう本当にパリンが人気がなくなっちゃうんじゃないかってことで多分そうだと思うんですよ根本さんってそういう人だと思うんですよ野球界全体を常に俯瞰で見てまだ野球が我々見る機会がなくてジャイアンツ戦が多かったですからねそういうお考えがあったかもしれないですね僕はあったんじゃないかなって思うんですけど確か江川さんあれですよねその時にこれ実話だと思うんですけど九州は遠いと思ったんでしょ
31:21それはですねそこに書いてあるのを僕は読んだんですそうなの
31:31?その原因は父親が6人兄弟母親が10人兄弟おじさんおばさんがものすごく多くてですねその方がほとんど
31:50家の自営業をされてた方が多くて本市で巨人に入ってほしいっていうのが強かったんですよ商売っていうか家の事情でみんなだからもうとりあえず在京じゃないとダメ在京っていうとヤクルトと太陽と巨人ですね
32:04それがもう許せる範囲自分たちが入ってほしいもうベストは巨人そうするといろいろ自分たちが助かるのでそれでクラウンさんが指名していただいたら九州なので行ってもらったら困ると
32:31全員の総理で父親のところに全員行きましてでもこれお受けできないねっていうことになってお断りするしかないかっていうことになったんですよ江川さんの言葉じゃないんですね九州は遠いっていうのは九州はいろいろあって遠隔地でありっていうのは書いてあったらそれを読みましたということは今のお話で聞き捨てならないなと思うんでありますけど在京球団だったらどっか一位に示したらOKだったんですか
32:33?僕はね
32:59僕はもう4分の1に絞ってましたから3球団だったら4分の1の拠点なんとかそれに当たらないかっていうヤクルトでもOKだったわけですね多分行ってたと思いますそのときはそうなんだはいアメリカで野球浪人ドジャースから勧誘も伝説で、1年間浪人という形になったわけでありますけど思えばあれですね
33:09その後は本木菅野も浪人しますけど江川さんが一つのきっかけだったっていう感じがしなくもないんですがこのアメリカでの1年間っていうのは江川さんにとってどうする
33:15?振り返ってみますと人生の中で選択が3つありまして1つは社会人に行くっていうのがありましたなるほど
33:37それは東芝さんが受けていただけるっていう話だったんですけど2年間当時は社会人は2年間できないんで25、6歳にプロ入るちょっとそれ遅くなっちゃうなとそれから本木さんみたいにハワイっていうのがあったんですけどハワイだと本木さんは打者ですから練習できるんですけどピッチャーってキャッチャーもダメなのでハワイも難しいなとそしたらアメリカのほうが
33:56日米野球で向こうの監督のデドーさんっていう方がUSCですねそこの練習生だったら受けられるということで卒業してからそこで受けてくれるっていうんでほんだったら練習できるねっていうんでそこを選ぶってことになったんですね生活はしやすかったでしょ
34:06?そうですよ取材全然ないですからもうほんとに楽でしたね実戦やりたいなと思ってましてずっと練習生ですからバッティングピッチャーだけなんですよ
34:36投げられないんですよ試合ではそしたらアラスカにサマーリーグっていうのがあると7、8、9、3ヶ月間これからプロに入りたいっていう人の大学1年生、2年生の有望な人アラスカの4つの企業が連れてきて4チーム作りましてそこで何試合か投げられてたんですよメジャーの卵の人たち相手にというとメジャーに知れたってことだよねはいそれで大体今メジャーに行ったように喋ってますけどそこで大体メジャーの卵ってやってるんで
34:47メジャーの感覚って大体何となく分かるのでそうか今解説してたなってねはいただその時は現役ですけどもメジャーからの誘いはなかったその時にドジャースから話がありまして
35:07ドジャースにもしかして来ないかっていうお話いただいたんですけどいやもう日本に帰ってドラフト待ってるので日本に帰ってやりたいので行けないですっていうことをお会いしてないんですそうですかお話はいただいたんですけどお会いしてないんですメジャーを断って数少ない人ですね
35:23本当にだからどうか先進まないと分かりませんから九州遠いって言って断ってるそれでアメリカ行っちゃったうまいどこつきましたねうまいどこつきましたね巨人に入団できるって言った時に本当に入団できると思いました
35:49この1日だけは何も拘束されないっていう説明を受けたんですよズルくてやるんじゃないんですとちょっと待ってくれてこれ揉めないんですかって言った時にそしたらもう全部揉めませんってことになってますとズルいぞーみたいな引き止めろみたいなこれはきついねこれはきつかったですねそれはきついです9回大激震
35:52空白の1日これ揉めないんですか?
36:21伝説それでいよいよ日本のですねドラフト会議になるわけじゃないですけどただね1978年のドラフト会議の時はロサンゼルスに本来いる予定だったんですねあの堀川さんっていう和食屋さんが時々堀川さんにお邪魔してたので和食屋さんにそこがドラフトの日に記者会見をやる場所を提供していただけるっていう話をいただいたもんですから
36:35そこでずっと待つってことになりましてそれでそこの会場を用意するようで待ってたんですよねそしたら夜中にお話から電話がありまして日本に帰ってこいってことで巨人に入るかもしれないからっていう電話でガチャッと切られたので
36:55当時は国差電話高いんですよそこに切っちゃうんですよ何分も話して今だとタダですけどねタダの中にで、ドラフト前日のいわゆる空白の一日という巨人との電撃契約ということになるわけでありますけどこれ今のお話を伺ってますと
37:08ご自身は一切知らされてなかったわけですね入れるっていうのは全然帰ってきてからです帰ってきてからねもしかするとっていう話はあったかもしれませんけどそれもないですよ巨人に入れるかもしれないから帰ってこいって言うだけですから
37:35そうなんだ電話切られたのでで、ここで船田先生が登場するわけでありますけどそれではすみさんとおっしゃいましたからねはいはい師匠の方がねこの方がいろいろ動いたりなんかしましてこれでもね徳さんここだけは使っていただきたいんですけどアメリカへ行くのに僕の身分っていうのがあってもう学生卒業してるので僕行ったのは作信学院の職員で行ってるんですよああだから
38:05そうなのかドラフトも当時阪神がドラフトしたときにちゃんと出てるのは作信学院職員で出てるんですよはあだから身分が船田先生にお願いをして職員にしていただいて行ってるのであ、そうなんですかそれがもう全く報道されなかったんで僕は政治家の人入れたっていうことにみんなそればっかり言ってるそうじゃないんですよ先生にそうやっていただいたのでそのちゃんと報告をしてたっていうだけなんですけど
38:30そうですね船田先生が作信学院の理事長なんですよ理事長なんですよはいですからそういう意味で船田先生というのが政治家船田あたりじゃないわけですよねないんですよそう理事長なんですけど職員にして職員にして行かせていただいてないといけなかったので学校の理事長としてね雇用主っていうそういうことだねだからそのちゃんと帰ってきたらご挨拶に行ったっていうそういうことなんですけどそれがなんか政治家利用したみたいなそうなん
38:44そうなん話がちょっとこうこれがね官の人たちもおそらくそういうふうに捉えたと思うそれだけ船田先生の発言権っていうのは日本の政界の中で強かったからねより以上にそういうふうに皆さん受け止めたんじゃないかなと思うんですけど
39:12あのー鷲見師匠が巨人に入団できるって言った時に本当に入団できると思いましたえっと行ったら帰ったの夜だったんですけど夜すぐ寝て明日朝早く起きてくれと説明するからってで、朝起きたら7時まで起きたんですかね起こされてで、全部全文っていうかこう文章を見せられましてで、見せられたのはそのドラフトのこう書いてあるのがドラフトの前の日までその
39:40クラウンから変わった西武さんがあの使命権はありますよって書いてあるんですねで、その次の日からないというふうに書いてあるで、こっちはえっと条文が変えられたのを見せられてあの、コミッショナーが夏にですね浪人っていうのがいなかったので浪人っていうのを中学、高校、大学に在学寺って書いてあるんですよあー、なるほど在学しドラフトを受けなかった人が
40:02うん新しいとこがドラフトされるって書いてあるとそれを条文が変わってて中学、高校、大学に在学した経験を持ちって入れたんですよ夏にええそれであれってことになったらしいんですようんうん浪人をこれは入れたと今はすぐるために入ったって浪人入っちゃううんうんで、それが新しい次の
40:231日置いて次から効力が発揮するのでこの1日だけは何も拘束されないっていう説明を受けたんですようんなるほどねって思ったんですようんあっ、そういうことかってコミッショナーが書いたんだっていう説明だったのでだからコミッショナー困ってますとそれに契約されるとだからズルくてやるんじゃないんですとうん
40:52野球協約のこれ岩本総野のプスに契約しなさいって書いてあるんですようんいやいやいやすげえなと思ってうーん1時間はしちゃいけないですからうんうんで、セッティングしてるからって言うからいや、ちょっと待ってくれてこれ揉めないんですかって言ったけどそしたらもう全部揉めませんってことになってますとだって条文がこう正しいんだからそれに従ってやればいいことなんでって言ってうん親父大丈夫なのって言ったらいや、あんたお前が読んだ通りだって言うからうん分かりましたって判行したんですよ
41:21そしたらそしたらそこで初めて犯行したはい朝だから9時前ですかねそれで、着席しようと思ったら向こうの方からうわってきてズルくぞーみたいな引き止めろみたいな言う時にカメラがこうセッティングされる途中でで、セッティングされた時に興奮しないでやりましょうって僕の一言だけが入ったんですよああその前のうわっもう話声がすごかったなセッティングしてた
41:31それは映ってないね入ってないんですようんだから僕は突然興奮しないでやりましょうねっていうとこから入ってるのでああもうこんなマイキですよねなるほどこの野郎みたいな
41:33そうびっくりえ
42:01?ってそうかなんでこんな揉めんのって揉めないっていう風に書いたんだけどっていう感じですよなるほどで、いくら説明したら全部カットですねテレビってカットできるのでなるほどねこれでもう空白の1日を利用してそこでズルくやったっていうことがずーっとそう30年ぐらい続きましたね空白の1日での巨人と江川の契約はプロ野球実行委員会で認められず却下
42:30巨人は翌日のドラフト会議をボイコットして阪神が江川を1位で指名しましただから苦渋の最低でしたよ金子コミッションのそのものね阪神に行ってからってトレードみたいなそれも僕がもらったのは金銭トレードじゃないと僕できませんと人に迷惑かかっちゃうから絶対嫌ですって父親もそれはもう迷惑かかることはできんそうなんですか断ってたんですよ条件金銭トレードだった
42:43そうですそれでまた反抗するんですけど金銭トレードで反抗したら1月31日に小林さんが空港からこうお戻りになったんですよそれで僕びっくりしたんですよえ
42:47?って金銭トレードでOKしてるのになんで小林さん行かれるの
42:49?っていう
43:07うーんあれだけ驚きましたねこれはきついねこれはきつかったですね消費がそれはきついです小林さんとのトレードっていうのはより以上に全然ありえないですからですよねそれはきつかったですね小林さんにもう迷惑かけちゃったんで
43:18ねかなり心にハンディキャップを持ってスタートしたんだプロ人生はそうですねまあ中学ぐらいからハンディキャップありますからねお話しこうやってしないと長く聞いていただかないと分からないので
43:46今まででこんなにイメージが180度変わったゲスト初めてプロの話聞いてまた180度変わって一周しちゃうかもしれないですけど番組のカメラの前での交渉もおかしな話なんですけども徳さんがそういうふうにおっしゃるんだったら僕断りはないので江川さんねまだ話は終わってないんですけどもだいたい話全部できたと思うんです
44:15これからプロの話を伺おうと思うんですけどアマチュア時代だけの話って僕聞いてましたよプロもやるんですがプロ大した成績ないですよ何をおっしゃいますか本当にもうプロでのまたお話をいろいろ伺いたいし長嶋さんのお話も伺いたいしそうするとですね番組のカメラの前での交渉もおかしな話なんですけどもちょっとまた新たな収録をさせてもらえませんかね徳さんがそういうふうにおっしゃるんだったら僕断りはないので
44:26映画さん遠藤さんも巨人ファンなんだけど野球よく知ってるでしょご存知ですよねでも10くらい悪かったイメージが今日8くらいで終わると思いますどう
44:32?今まででこんなにイメージが180度変わっておけすと初めて
44:47ちゃんとこの幼少期からすべて聞いてやっぱりすべてがつながる感じはしますプロの話聞いてまた180度変わってまた一周しちゃうかもしれないですけどぜひもう一回来ていただけるのであれば
44:48よろしいですか?もちろんですよろしくお願いします今日は本当ありがとうございました
44:50今日は本当にありがとうございましたありがとうございました
45:04プロ野球レジェンド生トークイベント
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45:07バイバイ
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