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00:03今夜のニュース7、これで失礼します。
00:22今日は宝居の東御苑というところに来てます。ここは江戸城の天守台です。の上に来てます。しかし誰もいないこんな東御苑って見ることないですよね。
00:34今タモリさんがいるのは皇居の中にある庭園東御苑。かつて江戸城の中心部だった場所です。
00:44現在一般に公開されていて年間200万人が訪れる人気のスポットになっています。
01:04ところで今日は何でございましょうか。今回も後藤です。よろしくお願いします。よろしくお願いいたします。江戸城に詳しい後藤裕樹さん。前回に引き続き皇居を案内してくれます。
01:11改めて現在私たちがいるのは皇居になります。
01:19明治時代、明治天皇が京都から東京に移った時に江戸城はその住まいとなったわけです。
01:27今の皇居につながっていくことになるんですけれども、こちらをご覧ください。
01:38こちらが江戸時代、江戸城で。現在は皇居の敷地になっているところを示したものなんですけれども。
01:43今この本丸が見渡せるここにいるわけですね。
01:46他にもこれだけあるということですね。
01:52広大なんですが、大体115万平方メートル。
01:58実感がわからないと思うんですが、東京ドームにすると25個分。
02:00それもよくわかる。
02:01それもよくわかる。
02:01実は千代田区の約12%が皇居なんです。
02:06それはわかります。
02:07わかります。
02:08あ、そうですか。
02:14それで一般開放されている皇居東御苑。
02:19かつては本丸、二の丸、三の丸があった場所なんですね。
02:22はい。
02:31へえ、かつての江戸城本丸だけじゃなく、二の丸、三の丸エリアにも入ることができるんですね。
02:35行き上げ御所とかよくありますよね。
02:36そうですね。
02:40現在、天皇陛下がお住まいしている御所になるんですね。
02:45それから宮殿。まあ、宮内庁の庁舎もあるところ。
02:46西の丸です。 そうですね。 おっしゃるとおりなんですね。
02:49普通ならばこっちですよね。
02:52そうですね。
02:54守りの堅いところに入りたいですよね。
02:55はい。
02:59まあ、ではなぜ御所や宮殿が本丸に置かれなかったという理由。
03:00あるんですよね、やっぱり。
03:03理由が。
03:03理由が。
03:13実は明治天皇が移り住んで来られた時に、本丸、住むところが実はございませんでした。
03:15御殿がなかったんですね。
03:16ああ。
03:17はい。
03:20こちらをご覧ください。
03:22おー、焼けてしまった。
03:23はい。
03:24本丸がこの辺りです。
03:26全部焼けてしまってますね。
03:46はい。
03:51この西の丸の御殿に明治天皇が移り住んだという。
03:53ああ、そうですか。
03:54はい。
03:57こうした経緯で皇居がまあ現在の形につながっていく。
03:59はい。
04:06実はまあそのことが今の私たちにある恩恵をもたらしたということが言えるんです。
04:07うん。
04:11それは一体何なのかということが、はい。
04:14今日のお題ということになります。
04:15おー。
04:16はい。
04:18お題に来ました。
04:28皇居のおかげで江戸城は守られた。
04:30はい。
04:30これですね。
04:32よくわかんない。
04:33よくわからないですよね。
04:35逆のぐらい気持ちなんですけどね。
04:37はい。
04:37よかったんですね。
04:39そうなんです。
04:42皇居になったおかげでさまざまな、いいんですかね。
04:44はい。
04:45これから探っていきたいと思います。
04:47はい。
04:47わかりました。
04:49今、言いそうになりました。
04:51わかんなかったですね。
04:55始まりました。村田森。
04:59今回の舞台は皇居東御苑。
05:07立ち入りが厳しく制限される皇居の中で一般に公開されています。
05:12皇居といえばかつて江戸城だった場所。
05:22前回その正門だった大手門や百人番所など江戸城の痕跡をたっぷり見てきましたよね。
05:31実は、今こうして江戸城が感じられるのは皇居のおかげなんです。
05:34その秘密を探ります。
05:35これ結構急ですね。
05:39おー、いい坂ですね、これ。
05:41来た、来た。
05:41来たぞ。
05:46ここにいたんだ。
05:50ちょっとやっぱり感慨深いよね。
06:16タモリさんがぶらぶら歩いて解き明かします皇居東御苑でブラタモリはいまずはこちらの天守台はいここがまさに江戸城が守られたというまず第一の場所ということになりますあそうですか
06:21まあせっかくなので一番頂上まで行きましょうはい行きたいと思います
06:29皇居のおかげでこの天守台が守られたってことですかどういうことなんでしょう
06:35タモリさん天守台の上は初ですか初めてですね
06:40すっごい広いよね
06:50はいあのもしここにまあ宮殿だとか御所が置かれたら天守台もしかしたら邪魔かな景観上
07:01高い場所から宮殿を見下ろすようなっていうのもまあ不存なのでもしかしたら撤去されたかもしれないということですね
07:03かといってこの上に宮殿作るわけはいかないよね
07:13そうなんですねはいいうことなんですが実は明治になって天守台にあるものができた
07:22うーん何作ったの高いところですからね高いところですはい
07:23天守台にはいいでしょうでもね
07:28それに近いんです近いですはい
07:29こちらがはい
07:32気象台
07:33今私たちがここにある
07:35はい
07:39で写真も残っています
07:40おーこちらですね
07:42作られてますね
07:42はいはい
07:45気象台の中の風速計なんですねはい
07:52へー天守台の上に風速計があったんですか
07:57風速を測るには非常にいい場所
08:00確かに周りのものに邪魔されないし
08:01そうなんですねはい
08:09あるいは気象観測にはいい場所ということでこの本丸の跡地が利用されて活躍したと
08:16はいということで天守台が守られたといえるんではないでしょうかね
08:17ああそうです
08:24気象台として活用されたから天守台は壊されずに守られたんですね
08:35それではですねここからはこの皇居東御苑に詳しい方がいらっしゃいますので
08:49ああそうかはい
08:53守りたー
08:59まずはかつて本丸があったこの庭園について教えてもらいましょう
09:03よろしくお願いいたします
09:10皇居東御苑なんですけども一般に公開されたのは昭和43年です
09:11そんなに古いことじゃないですね
09:19はいその昭和の43年の一般公開が今日のお題につながる重要なことなので
09:21ぜひとも覚えておいてください
09:24昭和43年の一般公開
09:25一般公開
09:25一般公開
09:34へぇー昭和43年までこの庭園は一般公開されていなかったんですか
09:38江戸城の天守台は見ることができなかったんですね
09:43この芝生も広いですよね
09:44はい
09:46固定ではすごいですね
09:48はい
09:50うちもちょっと芝生があるんですけどね
09:51しょっちゅう生えていくんですよねこれ
09:53そうですか
09:54大変ですよねこれシャワフだけ
09:56枯れてくるところもあるしね
09:58そうでございますねはい
09:59雑草が生えていく
10:02すごい同じ苦労を
10:09芝生になるのはいつ頃になったんですか
10:12芝生は昭和43年の公開の時につなえて
10:14公開の時に芝生にしましたので
10:16その前はちょっと芝生ではなかったんです
10:18何だろう
10:25昭和43年の公開までは芝生の広場ではなかったんですか
10:26その前はどうなっていたんでしょう
10:33こちらです
10:35ここに天守台が 天守台の石垣です
10:39石垣です
10:39本当だ
10:40何ですか何の
10:42クワ
10:43そうでございます
10:44クワ
10:45クワですか
10:45クワ畑
10:47クワ畑
10:48ここは
10:49実は京丸の北側の部分
10:51クワ畑があったんです
10:53えっ
10:56これでも本丸跡っては絶対分からないよね
10:58絶対分からないです
10:59その辺の田舎の風景だよね
11:01はい
11:02大正亭の皇后が
11:04皇后代にですね
11:05御養産所を作られたんですね
11:07はい
11:10そのカイコ様を育てるために
11:11クワ畑となった時代が
11:12半分クワ畑
11:13はい クワ畑
11:14えっ
11:15えっ
11:19芝生の広場になる前は
11:20クワ畑だったんですか
11:23天守台もほとんど見えなかったんですね
11:29ではその後にですね
11:30この東御苑として公開される際にですね
11:33なぜ芝生の広場になったのか
11:37また何かにしようとしたんじゃないですか
11:43実は皇室に関わる重要な儀式
11:46行事に使われることを想定して作られました
11:47ああ そうなんですか
11:48はい こちらをご覧ください
11:51はい
11:58天皇陛下のお見よがわりに行われる重要な儀式
12:00大城祭の様子です
12:01ああ そうですか
12:12ここに建てるんですか
12:13そうですね はい
12:15これでございますね
12:17へぇー
12:20この芝生のところに大城祭という儀式のための建物が建てられて
12:22建てられて
12:22建てるんですね
12:22ああ ここに建てるんですか
12:27この芝生の北側一帯全体に大城祭が作られて
12:28これだけたくさん建てるんですね
12:30はい
12:31で 昭和から平成
12:32そして平成から令和へ移るときに
12:35この芝生の広場で儀式が行われました
12:46へぇー
12:48へぇー
12:51ここでも芝生じゃないとダメなんですか
12:52やはりすぐ建てやすいというのがあります
12:54へぇー
12:55あとこの雄大な芝生の広場を見てもらうと
12:58へぇー
12:59へぇー
12:59へぇー
13:00へぇー
13:15へぇー
13:18本丸のスケールも感じられるようになったんですね
13:25ところでタモリさん
13:25はい
13:26江戸城担当後藤ですが
13:30はい次はですね
13:31かつて江戸城の二の丸
13:36こちら本丸なんですが二の丸そっちのほうかそうですね
13:39あちらのほうになります探ってみたいと分かりました
13:41はい思います
13:50では、かつての二の丸で皇居東御苑の公開によって守られた江戸城の痕跡を探ってみましょう。
13:56皇居東御苑の中でも傾斜がきつい。
13:58坂道がありますか?
13:59坂道が、はい。
14:02大好きな。
14:06これ結構急ですね。
14:12いい坂ですね、これ。
14:13ビルーンが見えて。
14:16いかがでしょうか。
14:17いいですね。きれいきれい。
14:29実は江戸時代の頃、この坂の下をずっと下がったところに二の丸御殿があったと。
14:44この御殿はですね、将軍の離宮あるいは別邸といったところでして、将軍の趣味とか休息使っていたというふうに言われています。
14:44あれ?馬車が来ましたね。
14:51これもなんか訓練ですよね。
15:09えー。では、坂を降りて二の丸跡で江戸城を感じられる痕跡を探ってみたいというふうに思います。
15:11行きましょう。
15:17いいですね。滑りそう。
15:21結構な急な坂ですね。
15:26そして、振り返っていただくと。
15:28おー、立派な石垣。
15:30はい。
15:32癒し掃除の。
15:38はい。
15:46実は江戸時代、この石垣は有名な代々名でもあんまり見ることができなかったんです。
15:48あっ、二の丸はいけないんだ。
15:49先ほど言ったように、はい。
15:54二の丸は将軍のお休みになるような場所。
15:56プライベートな空間。
16:02まあ、つまり江戸時代から昭和43年に公開される、まあ約400年。
16:10ほぼ非公開。大きな代名でも見ることは無理できなかったという場所なんです。
16:22皇居東御苑が公開されたから、400年もの時を経て、誰でも家康の石垣を見ることができるようになったんですね。
16:28今はどんな庭園なんでしょう。
16:29では、あの、お庭園の方は私の方でご案内させていただきます。
16:32はい。
16:34玉井さん、あの、この道かなり広いですよね。
16:35広いですね。
16:38道幅約11メートルあります。
16:44あの、この道は江戸時代にはなく、皇居東御苑を整備した際に作られました。
16:45作ったんですか。
16:49えー、なんでですこれ。広すぎますよね。
16:56実は、あの、皇室に関わるある人たちの何かの練習をするために広くなっているんです。
16:57さっきやってましたね。
16:59あははは。
17:00パシャー。
17:01すごいです。
17:02お願いしまーす。
17:04あの、早く行きすぎたんですね。
17:06あははは。
17:09えー、来た来た。
17:10来たぞ。
17:16情報 sytuquartersです。
17:20音がいいです。
17:21うん。
17:31あお、来たね。
17:32あの、大きいですね。
17:34あの、大きいです。
17:41あの、大きいですね。
17:42.
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18:48月友ちゃん。
18:50こっち向いた。
18:51月友ちゃん。
18:5518歳になります。
18:59おとなしいですね。
19:00穏やかな目をしています。
19:06東部園で練習するときは静かで関係の良いところで練習できるんですけども、
19:35実際は外での走行になりますので、やはり拍手とか歓声とかですね、車の音とか、そういうのを鳴らすために万全の体制でですね、何もともなく行えるように練習をしております。そうで、一般道を走るんですけどね。そうですね、はい。何が起こるか分からないのね、一般道は。そうですね、やはり音とかなんかでびっくりしますので、
19:49普通にこう、まあ冷静に戻れるようにということをするためにやっぱり日々の練習が大事ですね。ありがとうございました。
19:56皇居の庭園ならではですね。タモリさん、貴重な経験ができて羨ましい。
20:00行きました。
20:12では改めて江戸城の痕跡を探しに二の丸のあった場所を歩いてみましょう。
20:19ここはですね、二の丸雑木林というところでございます。
20:21二の丸の雑木林。
20:29昭和天皇の御髪位でこの雑木林が設けられたんです。
20:32ここはいいな、こう。
20:37ここはいいな、こう。
20:39はい。
20:42こんなど真ん中に、みんなが浴びが出てくるんですよね。
20:43はい。
20:56はい。
20:59またこの緑と向こうのビルのギャップみたいなのが。
21:01そう。
21:01うん。
21:04なかなかこういった景色は味わえないのかな。
21:06はい。
21:06ここはいいよね。
21:08はい。
21:08また手入れがよく生き続いてるな。
21:11ありがとうございます。
21:17あれ、池があるんですか。
21:18はい。
21:37ここは二の丸庭園、開遊式の庭園となっておりまして、移動しながら変化の富んだ四季の景色が楽しめるようになっております。へえ、二の丸のあった場所には、こんな美しい日本庭園があるんですね。
21:42おお、いい松。
21:51滝があるんですね。
21:55田村さん、これちょっと今かっこいいとします。
21:56あ、こんなのです。
21:58はい。
22:00美しいですね。
22:02うーん。
22:04尻尾が非常に長いんですよね。
22:06はい。
22:06その名も、ヒレナガニシキゴイ。
22:09ええ。
22:14日本のニシキゴイと、あとインドネシアのヒレナガゴイ。
22:15あ、長いな。
22:17こちら長いですね、ちょうど。
22:18はい。
22:20荒廃して誕生しました。
22:21ええ。
22:26発案された方は、どなただと思いますか。
22:27天皇ですか。
22:31実は、上皇陛下のご提案で誕生されたのです。
22:33ええ。
22:33そうですか。
22:40東部屋に来ていただいた方でも、見ていただきたいということで、こちらの池に放置されております。
22:41ええ。
22:44こんな声、初めて見えるな。
22:52上皇様の提案で誕生した鯉が泳ぐなんて、やっぱり皇居の庭園ですね。
22:56優雅に泳いでますね。
23:04これ、二の丸当時はどうなってたんでしょうか。
23:07この二の丸当時は。
23:09はい。あの、江戸城担当が。
23:11江戸城担当の方。
23:12説明させていただきます。
23:25実は、もともと江戸城の二の丸御殿の庭があった場所に、今、同じような形で作られたというのが、この庭園ということになります。
23:26そうですか。
23:30こちらをご覧ください。
23:34こちらが、将軍別邸。
23:35こんなにあるんですか。
23:37別邸。
23:38こちら側に。
23:42こっちでも休まないでしょ。
23:48こちらの場所をアップにしたのが、こちらになります。
23:49いかがでしょうか。
23:51これ、滝ですか。
23:56あ、今のじゃあ、あの滝が、これですか。
23:57はい。
23:58じゃあ、庭は庭だったんですね、この辺が。
24:00あ、そう、まさに。
24:01はい。
24:10ほぼほぼ、この形で、昭和43年、皇居東御苑の公開にあたって、復元したということですね。
24:11はい。
24:21まあ、この辺りも、そして、しがきも積み直されて、公開にあたって、終了して、元の姿に戻したということになります。
24:22はい。
24:24公開されたからこそ、残ったの。
24:27はい。
24:38まあ、つまり、まあ、江戸城が守られる、ターニングポイントというのは、まあ、昭和43年の皇居東御苑の一般公開ということになるんですね。
24:40はい。
24:42なるほど。
24:54皇居東御苑を公開するにあたって、かつての江戸城を修復したり、復元したりしたおかげで、江戸城が守られることになったんですね。
24:58土壌たっぷり感じていただけたと思いますが。
24:59まあ、痕跡はまだまだありますね。
25:03そうですね、はい。
25:11まあ、では、そもそもなぜ、この皇居東御苑が一般公開されることになったのか。
25:17次にその秘密を探りに行きたいというふうに思います。
25:19はい。
25:19分かりました。いきましょう。
25:27というわけで、タモリさんが向かったのは皇居外苑です。
25:32あちらのビル群を見ていただきたいんですが、いかがでしょうか。
25:34高いですね。
25:35はい。
25:40これ、一番手前のこの高さは大体決まっているみたいですね。
25:41そうです。
25:41上限が。
25:42そうなんです。はい。
25:51まあ、明治になって皇居の周りの建物を建てるときに、高さは百尺ルールってできたんですね。
25:52百尺。
25:55はい。大体30メーターぐらい。
25:57うーん。
25:57はい。
26:00一番手前のこの高さはその当時のもの。
26:01はい。
26:06で、ここからが本題なんですけれども、この場所から見えるあちらの建物。
26:08はい。
26:11皇居東御苑を公開するきっかけになった場所なんです。
26:13角のところ?
26:14角のところです。はい。
26:16はい。
26:21まずは、この写真を、昭和20年、戦後直後ですね。
26:26あのビルを写した写真。
26:27清浄魚?
26:29そうです。
26:29GHQ。
26:31はい。
26:32その通りです。
26:40連合国軍最高司令官総司令部、いわゆるGHQが、あの建物の中に入ったということです。
26:46で、このGHQが、まあ皇居が開かれることに深く関わっていると。
26:48あ、そうなんですか。
26:52ということなんですが、まあ近くに行って、その秘密に迫りたいと思います。
26:54はい。
26:54行ってみましょう。
27:02GHQが皇居の公開と深く関わるって、どういうことでしょう。
27:04こんにちは。
27:05こんにちは。
27:07こんにちは。
27:08館内をご案内しますので、どうぞお進みください。
27:10よろしくお願いします。
27:10よろしくお願いします。
27:11よろしくお願いします。
27:14どうぞ。
27:18あ、入るのは初めてですね。
27:20ええ。
27:26ああ、こうなってるんですか。
27:27ええ。
27:29ええ。
27:31ええ。
27:32ええ。
27:32ええ。
27:33ええ。
27:33ええ。
27:38こちらの建物はですね、1938年に竣工した弊社の本社ビルになります。
27:40ええ。
27:45石をふんだんに使った重厚な建物ですね。
27:59保健会社の本社として建てられたこのビルは、太平洋戦争中は旧日本陸軍が使用し、戦後GHQの本部になりました。
28:11こちらの建物はですね、建築するさなかからですね、陸軍が視察に来られていて、こうしろ、ああしろといろんな要請を言われたんですね。
28:24最終的にはですね、この建物で使った鉄骨量は、当時の同じ規模の建物の2倍以上だったといわれていますので、それだけ堅牢だったと。
28:28そういうこともあってこう選んだんですね、GHQは。
28:43でこのことが皇居と深く関わっていくんですけれどもそのことが分かるお部屋がございますのでご案内いたしますお願いします皇居と深く関わる部屋ってどんなところなんでしょう?
29:02どうぞ中に入り頂いておっマッカーサーが使ってたはいえええええそうここにいたんだ
29:29マッカーサーはですねこのお部屋で約6年過ごされまして日本の戦後処理にあたりました意外と狭い部屋にいたんですねそうですね16坪程度で内装や調度品の多くは当時のままとなっておりますじゃあマッカーサーもこれだったんですねえ?
29:38俺は終戦の年に生まれた45年の8月22日終戦後1週間
29:55生まれた男にとってはマッカーサーが座ってる椅子を見るとちょっとやっぱ考え深いよね終戦直後の様子を感じられる部屋が今もこうして残されているんですね
30:03これ本人から聞いたら間違いないと思うんですよ
30:04丹波徹生さんっていらっしゃるんだね
30:09あの方がここで通訳なさってたらしいんです
30:10あっそうなんですか
30:16各大学の英語研究会は全員ほとんど集められて
30:21GHQの中でいろんなところで通訳をしようと
30:26丹波さんはほとんど英語研究会いながら英語がしゃべれなかったんですよ
30:33それで仕事を言われるのが嫌でこの中をずっと逃げ回ってたんですよ
30:37戦争が終わって米軍から逃げてたのは俺だけだって言ってましたけど
30:44さて本題になります
30:50マッカーサーはここで皇居の公開にも関わるとても重要な決定をしました
31:10今の日本にとっても非常に大きな意味を持つ憲法ですかねはいまさに今の日本国憲法の原案となりますGHQ草案がまさにこの建物このフロアで作られましたうんそうですかこの部屋でねはい
31:20GHQ草案は同じフロアにある会議室で作成されマッカーサーがこの部屋で承認したそうです
31:30それではですね私の方からGHQの草案を説明させていただきたい
31:31憲法担当ですか
31:46憲法担当今度は憲法担当こちらがその草案になります第1条のところに重要な言葉がございます こちらがはいエンペラー
31:54シンボルオブステートとそうですはい象徴天皇の天皇は日本国の象徴であると
32:03いうことなんですねまあそして1946年11月3日
32:16日本国憲法が公布されるということになりましたまあこうしてですね天皇は深刻化された存在ではなく国民との結びつきが重視されました
32:45まあそして閉ざされていたそれまでの皇居が国民に開かれることにつながっていくということなるほどそういうことですかはいそうなんですねここでそういう重要なことがねここが決定されて決定されて1948年まあ戦争直後昭和23年からまあ正月にまあ一般の人たちに参加ができるようになったと
33:12そうですかはいへえ皇居が開かれ一般参加ができるようになったのは日本国憲法が公布されてからのことだったんですねでも皇居東御苑が実際に降下されるのがまあそこからまた20年後昭和43年ということになるんですが実はまあ
33:25まあ皇居東御苑が一般公開されるにはもう一つ大きな事件があったんですがへえあったんですねはいまあ次にまあその現場にご案内いたしたいというふうに思います
33:50はいはいというわけで再び皇居の前に戻ってきましたこれ一般参加のとこから入ってくるところですねそうなんですはいこれよく見ますよねはい二重橋皇居といえばこの二重橋東京の観光名所ですよね
34:08さてまあこの二重橋なんですけどもまあ皇居と江戸城を結びつける事件の実は現場になったんです二重橋事件その通りなんですはい
34:32二重橋事件は昭和29年1月2日の一般参加で起こりましたその日皇居に集まったのは史上最多の38万人二重橋付近では大混雑が発生し多数の死傷者を出す惨事となりました
34:59実はこの事件をきっかけにして広大な皇居を常に解放する必要があるんじゃないかということが加速したとそうなんですかはいへーこの事件からですかそうなんですねそしてもう一つ重要な指針が示された解放するにあたって
35:19うんまあかつての江戸城の移行それも重要な本丸地域の文化財として保護整備するということが決定されたということですうんうんなるほどねはいようやくつながりましたねはい
35:35誰もが皇居を訪れることができるようにと開かれた皇居東御苑元々江戸城の中心だったからこそその歴史が注目されたんですね
36:03うんうんじゃあ昔の江戸城というものを思わせるものははい復元できるものは復元できるし取っておくものはちゃんと取っておくとうんいうことで江戸城の名残を痕跡を我々は今見ることができているはいこういうことでしたねまさに皇居のおかげで江戸城は守られた守られたということですねはい
36:33やっぱ江戸城ですからねあんな日本を代表するお城は少しはなんか痕跡はないとねうんいいものを見れましたうんベダルを踏んで空を飛ぶんだ誰の助けもあてにしないでフライフライフライフライフライ
36:40OhFlyFlyFlyFlyOh
36:57FlyFlyFlyFlyFlyFly
36:58FlyFlyFlyFlyFlyFly
36:59FlyFlyFlyFlyFlyFlyFlyFly
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