00:00Thank you very much.
00:34東京駅近くにあるホテルです何が始まるんでしょう?
00:39ここに入るの?
00:42いいの?
02:39ということで今回のお題でしたはい江戸城本丸で分かる天下太平の秘密とはこれが江戸城で分かるんですかねはい江戸時代は260年以上もの間まあ戦のない時代
03:39へえ月に3回も大名も大変なんですね実は私たちがいるこのホテルなんですけども江戸城の本丸への道が始まってるとこちらをご覧くださいはい大手門の前の実はこの辺りにいるんですねはぁ
04:03ゆしろけ腰掛けと書いてある私もゆしろけだと思いました動画見てもゆしろけだよねこれがそれが絵になっているのでご覧くださいはい私たちがいるのはこの辺りですねこの辺り?はいこれは正月の途上日の様子を描いたもの大混雑じゃない?大混雑ですはいこれは座ってるんですかね?
04:38あっこれは大名の核によって人数とかを持っていくことを決まってるそれを点検したりするおっしゃるとおりだお殿様はここから登場していくんですけれども人数が制限されていくんですねで余った人たちが殿様を小さい大名1万石ぐらいになると50人程度の家来連れてくるんですけれどもこの先から出てくるんですよ
04:54私からいけるのは殿様除いて6人ということになるんですねタモリさんがお殿様だとすると佐藤さん私それからカメラマン音声さんと照明さんのそれぐらいしかいけないの?
05:49今回の舞台は皇居江戸城本丸日本最大の城だった江戸城その中心部分は明治時代皇居になりました本丸だったエリアは現在一般に公開され
06:02江戸時代の趣を感じられる場所になっています江戸城本丸は260年余り日本全国を治めた国側幕府の拠点
06:07大名になった気持ちで本丸に向かえば今回のお題
06:33天下太平の秘密が分かるんですたもりさんが皇居を歩いて解き明かします
06:39皇居江戸城本丸で村田森
06:49田森さんが目指すのは皇居の中にあるかつての江戸城本丸
06:52大手門からおよそ500メートルの場所です
06:59では天下太平の秘密を探るため江戸時代の
07:23しきたりにのっとって進みましょう今私たちは堀を渡って大手門から江戸城の本丸に向かっていると田森さんは一万石の大名籠に乗ってまいります大名は籠に乗っているんですねここは大丈夫ですこれは当時のままですね当時のままです
07:31この大きな扉は一般公開されているときは開いているんですけれども今日は休園日
07:42特別に貸切状態なんです閉まっているのを見るのが珍しい珍しいですね江戸城の正門
07:51大手門およそ350年前に作られました江戸時代の姿そのまんまなんですって風格ありますね
08:11この小さい扉を押していただくと開く状態になっているんですが重いですこんな感じで上手ですね
08:34これを跨ぐの大変です貴重な体験だと思います失礼します立派な石垣ですねこの空間なんですけれどもマス型門という城を守るための空間です
08:53まずここに留め置かれるということなんですね入ってきてここで待つんだ待つというかチェックを受けるという感じですかね2つの門に挟まれた四角い空間城に入った大名はここで早速ストップですか?
09:13塀のところには弾と呼ばれる銃口の敵を狙い撃ちする窓みたいなものがありこちらの渡谷倉門のところ扉を開けると多くの侍がここを守っているんですね
09:42四方八方見られているという感じですよねそうですあちらの方からも見られているそして石垣見ていただくと立派ですねこの辺の感じぴったりですねぴったりこれ切っているんですよまっすぐ斜めに切っていますね伊豆石ですねはいさすが伊豆半島の東海岸
10:12西海岸のところで産出する安山岩それを隙間なくきっちり積んだそれ切り出して持ってくるのも費用かかりますよねかかります全国の大名にこういうように工事の費用であるとかあるいは労力を負担させて大名たちの財政であるとかあるいは武力であるとかを削いでいくそういう仕組みを天下武神というんですが幕府の意向を示す仕組みで
10:28全部の藩がやってるわけですねいろんなところをねいろんなところをそれぞれの財政に応じてそうですはいこれだけ凝った石垣を作った大名なんですがどなたかいや
10:47東北の大名そうなんですはいまあ徳川家を脅かす一番の存在の仙台藩の大名作らされたんですねはい
11:00そう莫大な江戸城の正門を東北一の大大名伊達政宗に作らせスタートから徳川の力を見せつけたんですね
11:14両側ずらーっと並んで見てるんですよねそうはい裏から持ってるものでそうですね両脇に武者隠しと行ってチェックをする人がいた
11:43タモリさん気を引き締めて参りましょう大手門から歩くこと1分半この石垣も立派ですねはいここに門はなかったんですいやこちらも門なんです大手三の門という門なんですおおかつてはこの石垣の上に
12:10大手門と同じような木造の門それから矢倉があって矢倉もあったんですね矢倉もはいへえ正門をくぐってまたすぐ門ですかここでもチェックされるんでしょうかこの門の前でほとんど大名はあることをしなければ決して前に進むことができないんですえっあっここからですかはい何だろう
12:37戦乱になるはい6人で来てまた減らされるのかなはいそうなんです実は6人から4人になるんですでカゴもここに置いていかないといけないそうですカゴがカゴでカゴを下りるそうですですからここから先に進めるのはお殿様のタモリさんそれから佐藤さん
12:51で私それからカメラマンと音声さんということでこれだけはい
13:05そうですねこちらの後ろ側もやはり広場になっていたのでそこでお供はあるいはカゴははい駐車していたんですねはい
13:24ではさらに気を締めて本丸に向かいたいと思いますはいはいまっすぐに進めなくて左に曲がりますはい
13:52おー広いですねはい幅で行くと約30メーターあるとおーはいまあ江戸時代と変わらず同じ道幅ですうんおー長い建物ですね大きいですね100人版書って言われるときですねそうですはいこれもずーっとやっぱり監視の人がいるわけですねそうですはいおっしゃる通りなんですはい
14:2024時間365日武士たちが交代をして大名を100人で監視をしていた監視をしていたやだなずーっと見てるんだこれはいじーっと横からこれ通らなきゃいけないそうですはいなんか壁き込んでありますねそうなんです100人版書を模して
14:48植木をほんとだ屋根の形そうなんだへえすごい出来てないのこれそして右手をはいご覧になっていただきたいと思いますがこれまたすごいですね石垣はい中野門という本丸に向かう最大の門になりますこれ頑丈な門でしょうねもういよいよ心臓部に
15:11そうです入っていくと本来はここにずっと渡り櫓あるいは多門櫓という建物があったということですひゃあ百人版書の前にまたまた門ですかしかも江戸城最大ここでも足止めされるんですね
15:34大きいですね一つ一つが縦でいくと1メーター横の長さ3メーター重いものにいくと30トン以上の石が使われていた江戸城最大の大きさこれは石が違いますねそうなんです
16:00実はこの石垣は4代将軍
16:26イエツナの時代作り変えられたんですその時に石も変えたんですなぜわざわざ白い花崗岩に変えたんでしょうかそれまでは安山岩だったんですけどもわざと西日本紀伊半島とか瀬戸内海沿岸のところから花崗岩の巨石を切り出してここまで運ばせたと
16:55遠くにある巨大な石でも徳川家が命令一つで手に入れることができるといった時代になった徳川幕の権威を感じさせる効果がもしかしたらあったこの花崗岩の前には砂利が敷かれて一体が白い空間になっていたんじゃないのかなと思います砂利白を待つそれ狙ったんでしょうね
17:14白い空間白いですので徳川の世が高豪しく感じられたのかもしれないということで本丸はすぐ近くなんですけども実はここでさらに友の数が減らされる場合があって
17:174人から3人になる3人
17:19?はい3人ということは
17:27?田植さんがお殿様だとすると一緒に行けるっていうのは佐藤さんと私とカメラ
17:32カメラはい音声なし音声なし音声なし音声リモート
17:46もん…おいもんのんはふえっ…ひははへんはいいチクいるはっはうはっはふっはふっはさびしい限りなんだな太陽も香よこれだけですからはい
17:47So we're finally at the end of the city of the city of the city.
17:55Now we're at the front of the city of the city.
17:59We're at the end of the city of the city.
18:05The city of the city of the city is different.
18:08Yes, it's a beautiful place.
18:12It's a beautiful place to be in the city of the city.
18:16is
18:17it's
18:17all
18:27it's
18:44it's
18:45So, of course, the one in my own country as I was born.
18:50This is an ancient history story, which based on the name of the Irish priest,
18:54and before that, I see it in the middle of the country,
18:58and I can imagine that the first time of the Irish priest should be taken to be here.
19:05There may be history in the first place.
19:35家康と同じ世代を生きた人たちがもうだんだん少なくなってくるから家康の偉大さも実際は分からなくなってるんでこういうとこで示さないです。
20:04そういうこともあるんですよね。初代将軍家康が築いた石垣と言われると徳川幕府の歴史を感じますね。さあこの石垣の先はいよいよ本丸。緩い坂道を上がっていく。本来は砂利道で階段が石で組まれた階段がある。
20:34そうですね。砂利道の音も何か寂しさが出てくるんだろうな。3人ぐらい。居座側に歩いているとその音が。じゃあ、じゃあ、じゃあ。
20:40広いなぁ。
20:56この本丸でついに将軍とご対面というわけですね。
21:01ここまでの道のりいかがだったでしょうか。
21:15広いなぁ。
21:24ここに来るまで人数を減らされていくというルールを大名たちは守らされたと。うーん。過去から下ろされ。
21:25人数を減らされ。減らされ。
21:41徳川幕府は大名たちに反抗する気力を引っ張ってそういう効果があったんだと。それこそが天下太平の秘密ということになるのかなと思います。
22:10大手門から本丸までの僅かな道のりにいくつもの門と見張りを置きルールに従わせる圧倒的な徳川の力を見せつけることで天下太平を守り続けたんですねさらに天下太平の秘密はまあこの本丸この先でも分かるというそうですかはいおはようございます
22:21よろしくお願いします江戸城本丸に詳しい小貝雅子さん本丸にある天下太平の秘密を教えてもらいましょう
22:51本丸そこにあったんですよね広いですねこの本丸の敷地っていうのは13万平米くらいありまして東京ドーム3つ分の敷地になりますこの芝生の場所に本丸御殿の建物が建っていたことになりますへえこの広大な敷地に江戸時代は建物が建っていたんですかどんな建物だったんでしょうか?
23:10こちらのようなこれは江戸時代初期の頃の御殿の図面になりますすごいねすごいですよねはい本丸御殿は土地をギリギリまで使ってびっしり建てられていたんですね
23:28今どこにいるこの辺りにおりますね入り口は入り口は大門の入り口はこの玄関じゃあすぐそこの辺になるそうですあの2本の木が立っているところ辺りが玄関になります
23:46本丸御殿っていうのは幕府の清朝でありえっと将軍の住居であったところにあたりますこの南側にあたる部分というのを表と言われる儀式を行うための建物と役人さんたちが控えている場所になります
24:05で次に中奥これは将軍の執務室兼住居ですねでこの後ろ側の方がオーブと呼ばれる将軍の聖室などの家族が住んでいる領域になります職場と家が同じ場所にある感じそうですね食住合体
24:28すごい建物ですねすごい建物ですねはあ将軍は幕府の仕事もプライベートな生活も全てこの本丸御殿でやっていたってことですかだから敷地いっぱいに大きな屋敷を建てなければならなかったんですね
24:51ではいよいよ将軍に会いに行きましょうここから左に向かうと大広間という小丸御殿の中でも最も格式の高い徳川幕府の時代の最高峰の御殿があります
24:57でこの大広間で将軍に廃越することになります
25:02古典の中はもうお一人になってしまったそうなんそうなんです
25:12一万石は廃越できるのこのあたりが大広間があった場所になります
25:23行き取りあるんですねそうですねでは今ここに後手はもちろん立ってないのでどのような部屋だったのかこちらをご覧ください
25:31こちらは徳川生成録という書物に書かれている指図になりますここに大名が居並ぶわけですか
25:33そうですね 各大名が将軍と対面する時には敷居から何枚目の畳は誰々ですというように畳が座席表の役割になっていて格付けが座る位置で決まっていたということになります
26:14タモリさん一万石の大名ですけどいやこの辺じゃないの一番先行もしかすると大広間入れないかもしれないああそうそういう人もだから姿を見ることができない大名もいるわけですよねそうですね基本的に姿はこの状態でも見られないですね実際の廃越では将軍が来ても併服していなければならないああそうだ
26:42もし名前を呼ばれたとしてもそのまま頭を下げ続けなければいけないという直接見てはいけないというルールがありましたこうして大名たちはこの江戸城の本丸の中でいろいろしなければいけないので作法とかも学んでおかなければなりませんし大広間にどうやってたどり着かなければいけないのかっていうのも勉強しておかなければいけないマニュアル社会だったんだそうですマニュアル社会ですおっしゃる通りです
26:56大名一人ぼっち心遅いよねせっかく将軍に会いに来たのに顔も見られないなんて本丸御殿の中でも厳しいルールがあったんですね
27:09細かいことがあったんだろうないろいろとルールがそのルール一つ一つを分かっていないと恥をかいたりいろいろなことが起きたりいたします
27:16この先にですね有名な事件の現場がありますのでご一緒に行っていただけますでしょうか
27:23お願いします幕府のルールが原因になった有名な事件とは何なんでしょう
27:53こちらに書いてあるはい
28:14この事件を題材にしたのがあの忠臣蔵
28:25御殿で刀を振り回した罪を問われ切腹した藩士の仇討ちのため藩士たちが力を合わせて平光介之助を討ち取るというお話です
28:54それごとこの細かいルールがあったってことですねそうですねですから礼儀作法がいかに重要視されていたかということを物語るエピソードの一つではあります厳しい格付けに知らなければ恥をかく礼儀作法徳川幕府の世を維持するために細かいルールが設けられていたんですね大名も大変だ
29:24ではこの先もうちょっと進んでいってみたいと思います小松の老老化小松の老老化将軍の仕事場があった中奥でも天下大平の秘密を探りましょうこの場所今泊まった場所なんですけれども非常に興味深い絵図がございますこれをご覧いただいて今建っている場所がどこかお分かりになりますか
29:39この辺かそうですその辺になりますこの絵図は家康が将軍になった後すぐくらいの江戸城の絵図の一部になるんですけど残ってるんですかはい残っております
29:55田森さんが指を指を指してくださったこの四角い部分なんだと思われますか形が独特ですねそうですねわかんないんですかこれはですね家康時代に建てられた天守
30:16あ、え、なんですあ、そうこの位置にあるはい、そうなんです最初違うんだ最初違うんです確かに家康の時代には真ん中にあった天守の位置が四代将軍家綱の時代になると端っこに行ってしまいましたね
30:24あちらの北側に天守台を持って行ったことによって大きくなっていったものがあるんですけどん
30:25?大きくなっていったもの?広くするために天守を動かしたそうですそういうことですよねはいどうして広くなっていった
30:37?なんだろう大奥か
30:54あ、正解、大奥ですそうですか、大きくなっていった大奥とは将軍の性質や側質、子どもたちが暮らした場所ですそれぞれの生活を助ける女中も多くいました
31:22こちらをご覧くださいこの建てのこの辺りですかね天守台があったんですけどその部分が天守台が後ろに行ったので大奥が広くなっています端っこ持っていったのはい例えばですね将軍の性質の部屋である神御殿という建物があるんですけど天守台のギリギリのところまで性質の建物、住居が建っています本当だ
31:36では実際にこの神御殿の建っていた場所まで歩いていきましょう大奥が広くなったことと江戸時代の天下太平の秘密はどう関わっているんでしょう
31:52大奥広いような広さを体感できますねこの辺り神御殿が建っていた場所になるギリギリまであったんですね
32:08建物の中でも歩きすぎてないねこんな距離は本当ですねでかいねこれ遥か向こうですからね見えないですねこの中に全部建物があるんだ
32:27ところでなぜこんなにギリギリまで使って大奥を大きくする必要があったと思われますかそんなに人間がいるんですかねたくさん増えたんだそうなんです徳川家の場合将軍を代々こうつないでいくということが必要だった
32:56そのためには大奥というものをきちんと整備していくということがその天下太平の秘密でありそれが理由で拡大していくということになります徳川家も代々つなぐというのは意外と難しいことなんですね難しいことですよねそうですね将軍の四次を生み出すことは徳川の世を守ることにつながるそれを支えた大奥もまた
33:24江戸時代260年続く天下太平の秘密だったんですね江戸城の本丸で分かる天下太平の秘密ご理解いただけましたでしょうかよく分かりました実は天下太平のシンボルともいえるのがこの天使大あちらに近づいてみたいと思います
33:48これすごいですねこの石垣は天使大大きい石も大きいこちらの天使大なんですけども明暦の大化の後1658年四代将軍の家綱の時代に築かれたのがこの天使大
34:03ということになります明暦の大化では江戸の町中が焼き尽くされ10万人以上の犠牲者が出たと言われています江戸城の本丸御殿も天使も
34:12すべて灰になりました今ある天使大は大化の翌年に再建されたものです
34:30実はこの天使大に天使があったことはないんですなかったんですそうなんですではなぜこの天使大の上に天使が作られなかったかと
34:58これ町中がほぼ全滅しているのに天使を作る場合かということで町復興の方に回したと言われているんですけどはいおっしゃる通りなんですはい幕府は天使を再建しようと天使大まで作ったものの町の復興に費用を使うため
35:26途中で計画を変更したんです大変な決断ですねこれもやっぱりちゃんと考えたんですねもういいだろうといいだろうともう平和のようになってでそれこそ遠くから権威の象徴として見るシンボルじゃなくてもう政治的に納めようということでそれがこの天使大に込められた秘密かもしれないですねそうですね
35:42もはや天使を必要としないほど徳川の力は圧倒的になっていたんですね天使のないこの天使大こそ天下大兵の証といえますね
36:05やっぱり徳川の時代戦争が一度も起こらない戦争がない時代を支えた知恵ですよねはい入ってるだけじゃああ芝生の火場があるんだって言うだけでしょうけどもね
36:14やっぱシステムとしてよく考えられてるよね細かいとこまで歩いてみないと分かんないよね
36:28ペダルを踏んで空を飛ぶんだ誰の助けもあてにしないで
36:29フライ フライ フライ フライ フライ フライ フライ フライ フライ フライ
36:59Oh, it's like that.
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