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  • 1 year ago
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00:00And a question of the Japanese people.
00:04The Japanese people are the people of Sainu.
00:07He is a matter of 10 years.
00:08He is in the first time, the Senai center was in the last time.
00:12He is a matter of time, and he is in the last time,
00:17and I am going to stay on the first time.
00:21He is in the first time, but he is in the third time.
00:25He is in the first time, and he is in the first time.
00:28我のたちのあの当時何があったのか羽生選手が今年1月思い出の地を訪ねました。
00:36今でもよみがえるあのときの記憶仙台空港へと続く道震災当時の様子が目に焼き付いています。
00:52It had been so successful and even had a bit because I was scared about it.
00:58仙台港の近くに一軒だけ残された民家。
01:03何故残されているのか、気になっていました。
01:10こんにちは。
01:13よろしくお願いします。
01:18当時、この家に住んでいた鈴木英次さん。
01:22A family of 6 people lived here.
01:27This is a living room.
01:30There is a building.
01:32Yes, yes, yes.
01:35The building is destroyed.
01:41The building is destroyed.
01:43The building is destroyed.
01:46The building is destroyed.
01:52The building is destroyed.
01:57The building is destroyed.
01:59The building is destroyed.
02:022011.
02:033月11日.
02:05仙台空港とその周辺の住宅街に押し寄せた津波。
02:11The building was destroyed.
02:15It was destroyed.
02:17The building was destroyed.
02:202階部分は間抜かれましたが1階は津波に飲まれています
02:28本当にその波が来たところだけ完全に持っていかれてしまった
02:37当時鈴木さんは津波を見て急いで仙台空港へ
02:42しかし
02:45登りきらないうちに水が下流れ 本当に30秒の命でした
02:52外階段 私が登った階段を目指してきた人は助かりましたけど
02:58ビルに入った人は亡くなられて本当に
03:02生と死の別れ道じゃないですか
03:08震災前にはおよそ400人が住んでいたこの地区
03:1447人の命が奪われました
03:18犠牲者とふるさとの記憶を後世に伝えていくために
03:23復興が進み爪痕が消えていく中
03:27鈴木さんは自宅を当時の姿のまま残すことを決めました
03:34周り見てもらえば分かりますけど
03:36本当に何もないですもんね
03:38そこでここで津波ですって言われたって
03:43訪ねてこられたってピンとこないと思うんですよね
03:47これを言葉はいらない状況だと思うんです
03:51これを見ていろいろと感じ取っていただいて
03:57それを私には伝えていきたいっていう
04:00ただ本当にそれだけです
04:04仙台空港の周辺に今
04:06ただ一件残る津波の記憶
04:09時間がそこだけ止まってるって感じ
04:15でも止めてるんですもんね
04:17あれはね
04:18それを風化させないために
04:20羽生選手も5年前
04:25ここ宮城で震災に遭いました
04:30あの瞬間
04:35羽生選手は仙台市内のスケートリンクで練習中でした
04:41市内の自宅は全開と判定
04:45当時16歳だった羽生選手に厳しい現実が突きつけられました
04:51震災から10ヶ月後
04:54家族と避難していた学校を訪れました
04:59こう撮ったんですよ寝ながら
05:02こうやって
05:04当時およそ450人が避難
05:08厳しい寒さの中
05:10余震に怯えていたといいます
05:14またチンが来てるチンが来てる
05:18寝れなかったんですよね
05:20やっぱ不安だったし怖かったし
05:25すごい余震も受けたし
05:27音とかもすごかった
05:29地震への恐怖
05:33その後数年間は眠れない夜もあったといいます
05:39震災から3年後
05:42ソチオリンピックで金メダルを獲得
05:47しかし
05:48翌日の会見で震災での体験について聞かれると
05:53ちょっと
05:54あんまり振り返りたくないんで
05:56ちょっとコメントは控えさせていただきます
06:00この時もまだ心の傷を引きずっていました
06:06大きな傷を残した震災から5年
06:10今年1月
06:12羽生選手は再びあの場所へ向かいました
06:16震災の原点ともいえる
06:20あの記憶
06:22羽生選手が家族と避難した学校です
06:265年前
06:28ここで多くの人が避難生活を送っていました
06:34あの時何があったのか
06:38当時の写真や証言をもとに避難所を再現しました
06:42避難所を再現しました
06:49校庭へと足を踏み入れた羽生選手は
06:54ブワーッてなった今
07:01記憶が
07:03当時がよみがえります
07:08閉ざしてきた記憶と向き合った時
07:12複雑な感情が湧き上がりました
07:18今こうやって目の前にこういう状況があると
07:21笑えますね
07:23分かんないけど
07:25なんでなんだろう
07:27なんか深刻な顔していいよね
07:31本当にトイレ臭かったな
07:34笑
07:38あーそう
07:42ここ下見ると分かるんですけど
07:44糞尿そのまんまなんですよ
07:46この中にそのまんま残るんですけど
07:49もうびっちゃびちゃなんですよここら辺
07:55ここに入ったらもう靴の底とか
07:59茶色くなってましたね
08:01これ帰るの
08:03これ帰るの
08:05取れるかな
08:06帰ってきた
08:07家族と寝泊まりした体育館
08:12うわっ
08:13うわっ
08:14うわっ
08:15僕らのスペース
08:21ここ
08:23ここから
08:24ここまでですよ
08:27二畳分
08:32あるかないか
08:34ほっとここ
08:36で
08:374人で寝てました
08:39両親と姉
08:42家族4人で過ごした場所です
08:44いやー
08:45わかめご飯とかめっちゃ美味しかったな
08:49すごい美味しかったな
08:51すごい美味しかった
08:53赤目ご飯
09:01当時この避難所にはお湯がなかったため
09:05アルファ構えを水で戻していたといいます
09:07で
09:09固いんですよ
09:10ご飯が
09:11水だから
09:12水でやるとね
09:13ふやけきんないんですよ
09:14これ
09:15避難所にたどり着いたのは震災の日の夜
09:19震災後
09:21初めて口にした食事でした
09:23震災の日の夜
09:25震災後
09:26初めて口にした食事でした
09:28懐かしいな
09:33懐かしいな
09:35大丈夫
09:38うんうんうんうん
09:39ほうほうほうほう
09:42こんな味
09:46初めて食べたものか
09:49そしたら
09:52そっか
09:54そりゃ美味しいよな
09:56今でも美味しいって感じるわ
10:00最初は
10:011人に
10:022つずつ配られたおにぎり
10:05その後
10:062人に1つに減りました
10:08それでも家族は
10:10育ち盛りの羽生選手に
10:12おにぎりを1つ渡したといいます
10:15小さな
10:17おにぎり
10:19その頃
10:20食べ方
10:21こんな味ですよ
10:25こんな味ですよ
10:27ほんとちょっとずつ
10:29あまりにも美味しくて
10:31ここに付いたワカメとかも食べますからね
10:34もったいなくて
10:40おにぎり1個で足りてました
10:42おなかいっぱいって思ってましたよ
10:44その頃は
10:46いっぱい食べたって
10:48はぁ
10:50多くの犠牲を出した震災から5年
10:53未曾有の災害を生き延びたからこそ
11:06当時の思いや気持ちを伝えていくことが大切だと
11:10羽生選手は考えています
11:12私は考えています
11:16震災がなかった人生って
11:18自分の中で思い浮かばないでしょ
11:21うん
11:23受け入れることができるんですよね
11:25もう
11:26これが普通だって
11:28震災って
11:30普通じゃないことなのに
11:32ここから
11:34歩み出していくことが
11:36すごく普通に思えるって
11:38その当時の場所にいるからこそ思えるかな
11:42僕たちは生きてる人間だからこそ
11:45命全うして
11:47その
11:50亡くなった方々
11:53または
11:55もっと今つらい思いをしている方々に対して
11:58胸張って生きれるような
12:00生き方しなきゃいけないなって
12:02強く思っています
12:03岩さんやっぱり見ていて
12:05当時のことをちょっと思い出しますか?
12:07そうですね
12:09私も避難所ではなかったんですけど
12:11避難生活をしばらく送っていたので
12:13お茶のティーパックを破いて食べたりとか
12:17ほんとに
12:18ほんとに
12:19口に入れられるなら何でもいいっていうくらいだったので
12:21お茶のティーパックを破いて食べたりとか
12:27ほんとに
12:29口に入れられるなら何でもいいっていうくらいだったので
12:35大人の仙台出身で同じふるさとだから
12:39また見方は違うのかなというふうに思いますか?
12:41そうですね
12:42カニーが結構海の近く3キロぐらい離れた場所なんですけど
12:471階にある車とかは流されちゃったりだとかして
12:52こうやってVTRを見て
12:54なんかこう1日1日が長く感じたんだろうなっていうふうには思いましたね
12:59そういうふうに思いましたね

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