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  • 9 か月前
プロ野球 レジェン堂 野村謙二郎 徳光和夫
トランスクリプション
00:00さあ、この野球レジェンドでございます。今回のゲストはですね、広島入団後3度の投塁を、さらにですね、左出しとしまして史上初であります。
00:103割30本、30投塁を達成いたしまして、通戦2020アンダーを放ちました。まさにレジェンドであります。野村健次郎さんです。よろしくどうぞ。
00:23このレベルの紹介でよろしいございますかね。
00:25左バッターで僕は初めてやったんですか。全然わかんなかったです。知らなかった。知らなかった。
00:34あんないい解説してて、自分のことわかんなかったですか。僕が左で初めてってわかんなかったです。その前の秋山さん。そういうの僕あんまり疎いんです。意外ですね。
00:48父親はリアル巨人の星、朝から夕方まで壁当て100回伝説。
00:55野村さんは大分県のご出身であらっしゃいますけども、なんかご家族がかなりアスリートだったそうですね。
01:02そうですね。親父は普通の高校野球までやってて、おふくろが太鼓教師を目指してて、日体大卒なんで。
01:13何の競技をするのか。
01:13陸上をやってました。
01:14陸上だよ。足の速さはお母さん譲りなんだ。
01:17それを言うと、親父が、いや、俺も早かったって言ってましたね。
01:22あと、おじさんが元カープの選手で。
01:26誰ですか。
01:27あの、名前は多分そんなに長くやってないんで。
01:29ヤギって言うんですけど。
01:31ヤギ隆?
01:32はい。
01:33明治大学?
01:33はい。
01:34俺の一連先輩ですよ。
01:35ああ、そうですか。
01:36へー。
01:36すごいですよ。
01:37すごいですよ。
01:38本当?
01:39今、80年後ですよね。
01:40そうですよ。
01:41そうですよ。
01:41ああ、そうですか。
01:42すごいですね。
01:43いやいや。
01:44ああ、そうですよ。
01:45ヤギさん。
01:46ヤギさんはあれなんですか。
01:47おじさんなんですか。
01:48はい。
01:48子供の頃は本当に野球を教えてもらってました。
01:51へー。
01:52お父さんも野球をやってらっしゃいますか。
01:53そうです。
01:54父親は、小馬さんと同級生です。
01:57で、1個下が、アランさんです。
01:59えっ?
01:59アラン純郎さんです。
02:01そうですか。
02:01はい。
02:02僕の先輩です。
02:03はい。
02:03お父さんはあれなんですか。
02:04今後の先輩でもあるわけですか。
02:06そうです。
02:06はー。
02:07最期拡張。
02:08はい。
02:08父親も野球やってたんですけど。
02:10ええ。
02:11商売を継がなきゃいけなかったんで。
02:13ええええ。
02:13親父が言うには大学から誘われたんだけど。
02:16ええ。
02:17父親がもう高校までだって言われたんで、
02:19できなかったっていうのは言ってました。
02:21はー。
02:23なので、やっぱりそれを何か僕にやらしたかったんだろうなと。
02:27ということはそのお父さんがやっぱり相当あれですか。
02:30野球を厳しく教えたみたいところ。
02:32うーん、厳しかったですね。
02:34小学校1年生の時にグローブ買ってもらって、
02:36壁当て100回とかでやらされましたね。
02:39ええええ。
02:39壁当て100回、エラーしたらゼロからってやつ。
02:42はー。
02:43はい。
02:44朝10時から夕方の7時ぐらいまで、もう夜ですね。
02:47ぶっ通しで。
02:49ええええ。
02:50欲しいって数じゃん、ほんとにね。
02:51いや、だからそういうのをやっぱり。
02:53ええ。
02:54巨人の星そのままやってんじゃないのって。
02:56なるほど。
02:57プロ野球はどうだったんですか。
03:00九州ですとやっぱりライオンズファンとか。
03:02いえ、もちろんジャイオンズファンです。
03:04あ、そうですか。
03:05はい。
03:06お父さんもそうですか。
03:07お父親父はもう長島さんの代のファンです。
03:10うちの長男が生まれて、ちょっとしてから、長島さんに抱っこしてもらって、これを親父にプレゼントしたいと。
03:17ええええ。
03:18で、長島さんに抱っこしてもらって、長島さんの写真を送ったら、すごい喜んでました。
03:23ちょっと心配なのは、長島さん、写真が終わった途端に赤ちゃんを落としたりでしませんでした。
03:30いや、しなかったですけども、明らかに赤ちゃんなのに、もうすぐ1年生って。
03:35これは嘘ではなくて、本当に僕、あ、聞いたとおりの人なんだって思いました。
03:41すいません、長島さん。
03:42いえいえ。
03:43あの、巨人ファンでいらっしゃったということですけども、やはりこう、おじさんの影響もあって、広島のキャンプで、
03:52広島のキャンプに行かれたりとか、そういう。
03:54キャンプを始めて行ったのは、ジャイアンツです。
03:56ああ、そうなんですね。
03:58ジャイアンツに行って、王さんとか長島さんとかを子供の頃に見て、うわ、すごいな、大きいなっていう。
04:04それからその後に、広島のキャンプにも行きました。
04:08オープン戦が田舎であって、それの僕はバットボーイしてたんですよ。
04:14ダクアウトで?
04:15はい、中学校の時に。
04:17その時が山本恋さんとは最初の出会い。
04:20出会いなんですね。
04:21はい。僕こうやって、椅子にこうやって座ってたら、山本恋さんが隣に来て、僕、どこのファンだって言われたら、ジャイアンって言えないじゃないですか。
04:29カープの選手が。
04:30広島ですって言ったら、恋さんが、嘘つけって。
04:33お前、巨人ファンだろって、いや、カープファンですって言って、そうか、頑張れよって言われたのが。
04:39そうですか。
04:40はい、最初です。
04:41巨人、篠塚に憧れて、左バッターに転向、転説。
04:49中学生の頃は、確かにやっぱり頭角を表すわけですかね。
04:52あの、中学生の頃はまだ僕は右で打ってたんで、もっともっと右打ち。
04:57そうなんですか。
04:58それで、だいたい2番でファンとしたりとかですね。今日は8番とかっていう感じで。
05:05試合には出てたんですけど、やっぱりあんまり目立つような感じで、体もちっちゃかったですし。
05:12はい。
05:13で、高校に入る時にやっぱり野球打ちたいなって思って、左打ちにしたのが、それこそ篠塚さん。
05:22ああ、そうです。
05:24篠塚さんに憧れた。
05:25大憧れです。
05:26へえ。
05:28篠塚さんも多分、うちの田舎に、二軍の時に来られてるのを見てるんですよね。
05:34こんな細い人があって、僕もちっちゃくて細かったんで。
05:38学校でも掃除の時間はもう、ピンポン玉をほうきで打って、こう、流して打つと、白塚!って言ってました。
05:46白塚!って言ってました。
05:48はい。
05:49最覚上高校って新学校ですよね。
05:51そうですね。はい。
05:53テレビの初めてだと思うんですけど。
05:55あの、PLわけに行きたかったんです。
05:57へえ。
05:59じゃあ、かなり野球じゃないですか。
06:01いや、その、自分の力が云々って言えば、PLわけに行ったら、甲子園に出れると思ってたんで。
06:05そこでレギュラーになるとか、ならないとか考えてなかった。
06:11野球部で、スタンドで応援してもいいやつ。
06:14そうですね。甲子園行けるんだって思ってました。
06:17ね。
06:18ね。
06:19ね。
06:20行きたいって言ったら、もう親父と大喧嘩というか。
06:23はい。
06:24あの、地元から行かないんだったら、要するに応援しないと。
06:29親父のレールがある。
06:30そうですね。
06:31そうですね。
06:32あ、そうですか。
06:33はい。
06:34お父さんのその一言で。
06:35いや、もうそれしかないし。
06:37うん。
06:38はい。
06:39選択肢としては。
06:40そうですね。
06:41大規格上国校は野球も強かったんですか。
06:43当時はベスト8ぐらいまでは行けるかな。
06:49行けたんですかね。
06:50うん。
06:51野村さんは、3年生夏に大分大会の準決勝で、もしくも敗れて、憧れだった甲子園には行けなかったですね。
06:58うーん。
06:59ですね。
07:00かなり行けそうなところまで行ったわけですか。
07:024対0から逆転負けと。
07:05ああ。
07:06甲子園に行けなかったってことは、プロの目には止まらなかったかもしれませんけども、俊足高打の打者がいるっていう評判はたぶん立ったと思いますんで。
07:16いやー、なかったですね。僕もちょっとは期待したんですけど、昔、高校野球の雑誌って今でもあるのかな。
07:24やっぱり、それこそKKコンビから始まり、カラーから始まるわけですよね。
07:29それを開くと、カラーからこういって、僕は裏からめくって、ちっちゃい字で名前を見たときに、ああ、表というのがこんな差があるんだって思ったぐらい。
07:39ああ。
07:40一応探すのは探すんですけど。
07:42白黒ですね。
07:43そうです。
07:44そうです。
07:45昔ね。
07:46でも、やっぱり野球を続けようとは思ったわけですか、大学でも。
07:49あの、大学には、お袋が必ず大学は行きなさいと。
07:53うーん。
07:54その中でなんか、自分のやりたいことを決めなさいっていうので、高校時代、あの、先生が、から、なんか、受けがよかったのか。
08:03まあ、教員になって帰ってこいよって言われてね。
08:05ああ、ええええ。
08:06実際、自分が行く駒沢大学ではない、違う大学の、推薦はいただいてたんです。
08:13はぁー。
08:15で、そこが変わっちゃって。
08:17まあ、例えば教育大学とか、つまり筑波とかそういう。
08:20ええええ。それこそ、あの、原監督の。
08:23あ、東海大。はぁー。
08:25の体育で。
08:26それが駒沢大学になったら、どうしてなんですか。
08:29当時の大学の、駒沢大学の太田監督が。
08:32有名な太田さん。
08:33はい。
08:34来られて、うちに来ませんかって言われたら、もう、おやじがもう、はいーって言っちゃって。
08:39ああ、まだお父さん権限が強かったわけですね。
08:42ええええええ。
08:43太田さんはでも、野村さんをどういうタイミングで、こう見つけたんですかね。
08:48太田さんが、全日本の、社会人の全日本チームのときに、クリーンアップを打ってた人が最角上の先輩でいて、なんかお前のところにいい選手いないのかっていう話から、なんか僕を言ってくれたみたいで。
09:04でも、これでいいんだろうか、自分の道はいいんだろうかと思っちゃったんじゃないですかね。
09:08いや、でも、あの、まず神宮級で野球ができるっていうのがありましたし。
09:13それがあるか。
09:14それと、中畑さん、石重さん、他にもたくさんの先輩いられるんですけど、やっぱりあの二人のが出てる高校、大学っていうのは、そこで野球を学びたいなっていうのはありました。
09:27っていうのはありました。もちろん学校もちゃんと生きながら、最終的には教員っていうのが目標だったんですけど。
09:34はい。あ、そうなんですか。プロではなくて。
09:37そのときはプロっていうのはなかったですね。もう野球を学んで、教員として帰るっていうのが、自分の中ではあったんですけど、なんかもう毎日大学の野球が楽しくて。
09:48え?どうして?
09:50何よ今日、厳しいですけど、今日はどういうことを教えてくれるんだっていう。
09:54はあ。
09:55やっぱり関東に来ると、情報とかいろんなこう、教えてくれる人もたくさん、先輩もいるし。
10:00ええええ。
10:02警察に通報された。バントの構えで正常を一周伝説。
10:08一年から出てらっしゃいましたよね。一年から使っていただきました。
10:13ですよね。
10:14僕、まさか一年生から使ってもらえるとは思ってなかったんで。
10:18うーん。
10:19周りはもう甲子園ボーイばっかりなんで、それこそ雑誌で見た顔ぶれが何人がいるわけです。
10:25で、やってみると、ああ、こいつはね、かなわないなってやってみると、なんかこう評価が、あ、俺もできるじゃないのっていうのがあったときには、毎日練習が楽しかったですね。
10:37あ、そうですか。
10:39甲子園とかでしか見たことない選手と、そんなに変わらないんじゃないって思えたときがなんか、なんかちょっとターニングポイントだったのかなっていうふうに思いますね。
10:50はい。
10:52そう言ってたんですね、そういう野村健次郎のそれに乗りていく速度って言いましょう。だからこそやっぱり春の輪から使ったんだと思うんですけどね。
10:59見事に答えるじゃないですか、その春の輪から。
11:01そうですね。
11:02そうですね。
11:035の5でしたっけ。
11:046打数6案だったんですね。
11:056の6だもん。1年生でね。
11:08いきなりってことで。
11:09えっ。
11:10もう多分開幕カードだったんじゃないかなと思うんですけど。
11:13はぁー。
11:14はい。
11:15大田監督の第一印象っていうのはどうだったんですか。なんか怖いイメージが出てもあるんですけど。
11:19いや、怖いイメージなんですけども、面白い方でもあるんですね。
11:22野球の練習の方法とか、いろんな作戦面においても、やっぱりすごくアイディアを持ってて。
11:31はぁー。
11:32の方なんで。
11:33ユニークな練習方法をされたみたいですね。
11:36ああ、してましたね。
11:38バントって普通、こうじゃないですか。
11:41で、これをお前がその、集中力足りないと。
11:46今度はこうバントしろって言うんですよ。
11:49ここで。
11:51ここで。
11:52もう、はいしかないんでやるんですけど。
11:55もう、ここに当てないと、当たるじゃん、当たりましたけど。
11:59それでダメになってくると、構え方が遅いと。
12:04構え方が遅いから、構えの練習をするために、外でてユニフォーム来たまま、真っ白いユニフォーム、汚いユニフォームで、ここに飲むなって書いてあるユニフォームのまま、
12:14こう、バントを歩きながら、1、2、3ってこう、2、2、3って構える練習をしながら、正常一周してこいと。
12:22えー。
12:23もう、普通の道路ですよ。
12:24そこを、車を避けながら、1、2、3。
12:272、2、3ってバントをして、バントをしながら、やってたら、途中でマネージャーが自転車で追っかけてきて、みんなすぐ帰れと。
12:39で、なんでだって言ったら、正常警察から電話があったと。汚い格好でバット持って、危険だと。変なやつがある。
12:51変なやつがある。
12:53あと、他にもなんか、スズメポーズという打撃練習があったと。
12:56よく調べてますね。
12:58太田さん、僕があの、細くてちょっと腰高だったんで、突然監督が、お前は腰が高いから、スズメになれと。
13:37それがなくだっていうか、チュンですって言って、チュンチュンって言いながら、グランドをずーっと、本当にやらされて、もう膝から腰からパンパンになるぐらい。
13:47すみません、効果はあったんですか?
13:49ありましたよ。
13:51どういう効果に結びついたの?
13:53いや、趣味上手になりました。
13:55そういうお考えだ。
13:57太田さんの中では、ちゃんと頭の中にあるわけでしょうね。それ、思いつきではなくてね。
14:01いや、なんか発想があるんだと思います。
14:03だから、ユニークさもありましたよね。楽しかったですね。きつい練習も楽しかったです。
14:09それが、たぶん今、自分の中で振り返ると。
14:131年生から4年生までが僕、一番伸びたんじゃないかなと思いますね。改めて野村さんの3年生、4年生のときの成績を振り返りたいと思うんですけれども3年生の春は大石大二郎さんの持つ17盗塁を塗り替える18盗塁のシーズン新記録を達成されて4年生の春はとうとうの通算記録を更新する52盗塁。
14:37さらに、首相として駒座を完全優勝に導いて満票でMVPを獲得と。
14:45完全優勝ってそんなのないですよね。
14:47とうとう大学にしましたら、六大学にしましたらね。そうですね。
14:51当時レベル的にやっぱり六大学よりとうとうのが上でしょう。 いや、そんなことなかったと思いますね。
14:57一つ上が長嶋一茂さんとか立教盤のときちょっとブレイクしてた時代もある。ちょっとしたら怒られちゃうな。すいません。
15:05いやいや、全然。長嶋一茂でブレイクしたと思ってないんですよ。
15:09じゃああれですか、アジア大は阿波野さん、僕、阿波野さん、阿波野さんが2つ上なんで、2年しかやってないんですよね、阿波野さんからは大学時代、あれだけ打席に立ってるので、一本もヒット打ってないです。
15:25ドラフト会議1位指名は谷重元信と逆だった?
15:42ソウルのオリンピックですねオリンピックは覚えてますね主力メンバーにねまあ最後の方は僕は控えんだったんですけどまああの時のメンバーはもうすごいメンバーだったんですごいメンバーですね改めて今こちらにあっ大学生は野村さんと慶応の大森で富士野富士野富士野と3人ですかはいへえ
16:09だから年齢が低いのは富士野君と僕と大森と野本、塩崎が低かったんで、先週村でもう常にあの先輩に言われてパシリで食堂行ってジュースをスポーツバッグに入れて帰ったりとか
16:28一番ひとつが新井先輩は誰だったの? いやいやいやそれは言えないですよ
16:32いやもう僕らはもうやっぱりこの銀メダルはご自分の野球人生の中で勲章は勲章ですよね?
16:38そうですねオリンピックですからね
16:42やっぱり負けた試合のあの瞬間っていうのは鮮明に焼き付いてますけど
16:50まああのメダルをかけてもらった時にはオリンピック出れたっていうのを実感しましたし
16:57入場行進も参加させてもらいます
17:00私カール・ルイスも目の前、目の前近くで見えましたし
17:04なるほど
17:05もうそんなそんななんかちょっと
17:07学校の先生になろうと思って野球に打ち込んだにもかからず
17:11だんだんその上達することによりまして本当に大学野球界のエリートになってくるわけですけど
17:16プロは大体何年生くらいの時から意識されたんですか?
17:193年生くらいからちょっとプロいけるかもしれないなって意識はあったそれまでは全然なかったんですけども
17:26太田さんとは相談したわけですか?
17:28聞かれたのはどこに行きたい?どこにチームに興味があるんだって言われたんで
17:35僕は憧れとかそういうのではなくて僕はプロ野球の球団に入るのも
17:41やっぱり社会人になる自分の能力を活かしたいっていうのがあったんで
17:46やっぱりスピードを活かせるチームってなると
17:50カープと広島と当時はスーパーカートリオの横浜と強かった西武あとは神宮球場だってやってたんでヤクルト
18:02この4球団以外だと僕は社会人に行きますっていうのは監督には伝えてた巨人入ってないんですか?
18:11憧れだったんですけど入ってなかったです
18:13ドラフトですけれども広島がドラフト1位指名ということですけど
18:19私ちょっとでも実はチラッと聞いた話だと太陽っていう話もあったって
18:25そうです太陽ですはい
18:26でもしかしたら谷茂さんが対応で
18:28広島の1位は谷茂だったらしいです
18:30ああ
18:31僕横浜だったらしいです
18:33これも僕は後々聞いた話なんですけど
18:36山本恋さんが初めて監督に就任する年で大下さんがヘッドコーチ
18:41で大下さんは僕後輩なんで僕をカープに入れたいって買ったというのがあって
18:52でも広島は辰川さんの後釜で谷茂くんを取るっていうのがほぼほぼ決まってたらしいんですよ
19:01おお
19:02だから野村を取らないんだったら大下さんがヘッドコーチ降りるって
19:07っていうようなことを言ったらしくてそこで変わったらしいです
19:11へぇ
19:13名式はもともとあったんですか大下さんはその
19:16かぶっかぶってはいないじゃないですか
19:18かぶってはないです
19:20僕入学して先ほど6座数6アンダウってあったじゃないですか
19:26それで大下さんに初めて会ったのが
19:281年から2年になったのがキャンプ大下さん
19:31キャンプに教えに来られて大下さんの第一声が
19:35ちょっと広島弁で言うと野村あゆがどこにおるんだってなったわけですよ
19:41で僕はえすって言っててやねん
19:45出てこいって言われて大下さんに初めて落ちたと会話するんですよ
19:50監督殴っていいですかって言うんですよ
19:54どういうことですか初めて殴っていいですかって
19:57監督もいいだっていうわけですよ
20:01踊れはお前調子乗んないとバカバカバカって売られたんですよ
20:05だから僕がこう6打数6アンダウで調子に乗るな
20:09乗るなという意味合いだと思うんですよ
20:11そういうのがあって多分あのそうか
20:15自分がこう見たかったっていうか
20:17名刺代わりだったわけですね
20:19名刺代わりだったんでしょうね
20:21バカバカバカバカバカってダメになって
20:24そしたら高橋さん次の日足が治ったんですよ
20:28そうなんですよ
20:29高橋良子さんですからね
20:31僕らがずっと憧れてたショートストップのほとんどのコーチが休みなしで出てきてくれてそのプレッシャーにも負けそうになって
20:40大下さんにはかなり気合いを入れて指導されました
20:56キャンプの2日目で足を痛みまして歩行もちょっとままならない状態でやってて
21:041軍が来ても2軍のグランドで歩いてたんですよ
21:10犬を起きたまま
21:12大下さんが2軍のグランドだだだだだだって上がってきて
21:16野村の子におるんだってなって
21:19お前はいつまでこんなことしてるんだって言って
21:22マスコミの人たちがいる前にバカバカバカバカバカって殴られて
21:27そしたら高橋さん次の日足が治ったんですよ
21:31本当に治ったんですよ
21:34本当に治ったんですよ
21:36一軍の練習3巻になったんですよ
21:38次の次の日ぐらいのそれまで
21:40トレーナーの方が電気治療とか針打ってくれたりとか
21:42一生懸命
21:4410日間ぐらいやってくれて治られなかったのが
21:46殴られたら治っちゃったんですよ
21:48そういう30数年前の話ですけど
21:54でも大下さんはやっぱり嬉しかったんだね
21:56広島に来てくれたことはね
21:58間違いなくそうですね
22:00でも厳しかったんだけど
22:02なんか愛情はありましたね
22:04そうですね
22:061年目の成績ですけれども
22:081年目で88試合の出場や
22:1021という1年目ですけど
22:12すごいなこれ
22:14ほとんどはダイソーだと思いますけど
22:16でもダイソーで21ですか
22:18トールイ
22:19今だったら
22:20センニングでトールイオンじゃない
22:22野球が進化してますよ
22:24今はもうとてもじゃないけど
22:26こんな数字は出せないと
22:27ただあれですけど
22:28当時
22:29広島ってまだ吉彦さんいたんじゃないですか
22:31そうです
22:32僕が1年目の時は
22:33吉彦さんがまだショートポジション
22:35吉彦さんが次の年にトレードで
22:38ロッテに行かれて
22:40そうですよね
22:41そこから僕がショートを
22:43守るようになったんですけど
22:45まあ当時は相当なプレッシャーでした
22:49やっぱり吉彦さんの次のショートは
22:51野村健次郎だっていう
22:52もう青津ができてたんじゃないですかね
22:54そうだったと思うんですけど
22:57でも高橋おしい子さんですからね
23:00僕らがずっと憧れてた
23:02ショートストップの
23:04吉彦さんのトレードが決まって
23:06このキャンプっていうのはもう
23:08僕一人のためにもうほとんどのコーチが
23:11休みなしで出てきてくれて
23:13そのプレッシャーにも負けそうになって
23:16ゴロを取る取り方も分かんなくなるぐらい
23:19ちょっとこうおかしくなって
23:21ないショート守る人間がボールを取って前提したりするんですよ
23:26自分でも何やってんだっていうな感じだったし
23:31とにかく1日が早かった
23:34あの練習してて
23:36夜間練習が終わってシャワーを浴びて10時ぐらいに寝て
23:40でちょっとちょっと目が覚めたらもう目覚ましがなるという
23:44それが3週間ぶっ通しだったんでいたわけです
23:49当時のコーチはどなたですか
23:51三村さんですね
23:52実際やった
23:53はい
23:54三村さんには本当に
23:56三村さんも名手ですからね
23:57大変お世話になりました本当に
23:59優しい方で
24:00天福救助って僕らのキャンプ地の
24:02宮崎の夫から歩いて
24:04宿舎まで帰ってるときに
24:05ユニフォームで2人で帰って
24:07ラーメン屋さんに入って
24:082人でカウンターで
24:09ラーメン飲む人もラーメン食べて
24:11でなんかこうすごい良いこと言ってくれて
24:14なんかもう涙を流しながらこう
24:16なんかありがとうございますって言いながら
24:17ラーメン食べた思い出とかね
24:19そういったようなこともありすよね
24:21成長の糧にはなったわけでしょうね
24:23うーんそうですね
24:24だからもう自分がちょっとこう
24:26メンタルがこうへこんでいったときに
24:28誰かがこう支えてくれるって
24:30こう繰り返したったような気がします
24:32はい
24:332年目1990年は125試合に出場されて
24:3833盗塁で盗塁王のタイトルを見事獲得したという
24:44これ吉子さんの穴を埋めたって感じじゃないですか
24:47いやもうね終わってからこの数字が出たときは
24:51もうやったというよりもホッとしたと
24:54そのあと3割打つことあるんですけど
24:57この数字が一番うれしかったですね
24:592年目のこのプレッシャーの中で野球やってまあ吉子さんだと盗塁っていうイメージがもう吉子さんの数字は全然追いつかないんですけどまあこの数字がやっぱり僕の中ではやっぱり一番うれしい数字ですね
25:15ショートで困惑?
25:21この翌年はもう3割打ってるわけですからねそうですね3年目はね2年連続盗塁王にはなったわけですよね最多安打もですねリーグ最多安打もこの年
25:34広島の野村健次郎どころかセリーグを代表する内野手になったわけでありますけども
25:40いやそうですねこの年はあのリーグ優勝できたんで最初のリーグ優勝であと何回できるかなと思ったんですけど結局そうなってできなかったんですけど
25:50これは野球ファンにとりましては忘れられないのは津田恒美さんですよねこの年
25:54いやそうですね
25:56津田さんがねまさかいう病気にかかれると思ってなくてその年の合言葉はもう常のために言っても高井さんが山本恒美さんがずっと
26:05大優勝するぞっていうのが合言葉だったんで
26:09日本シリーズでは勝敗は残念ながら強いセーブにですねよくぞする前4勝3敗までいったと3勝4敗までいったっていう
26:19まあ我々勝手に見てたわけですよね
26:22笹岡もすごいサンバラ賞を取ってタイトル多分7冠ぐらい取ってセーブに挑んでいったんですけど
26:30あんなに打たれた笹岡君見たことないぐらい打ち込まれて僕もなんか舞い上がってて
26:36多分日本シリーズの記録もって1人2つエラーとかして
26:402人でホテルに入れない雰囲気で立川のパチンコ屋でこうやって無言のまま
26:481時間ぐらいずっとやって次の会話は腹減ったなって言って
26:53すっごいへこんでた日本シリーズの初戦でした
26:56そうですか
26:57でも徳美さん考えてみてくださいあの時の西部
27:01高校焼けみたいに整列したら西部こんな高くてカーブこんな感じですよ身長
27:05だって清原は清まデストラー
27:09もうみんなでっかい人ばっかりで
27:11当時のですね広島カープの強さみたいなものにちょっと伺いたいんですけども
27:17当時のカープっていうのは当主人がその充実してらっしゃいましたよね
27:22そうですね濃かったですね
27:24濃かったんですよ
27:27もう一人一人に特徴を言いなさいって全部言えますけど
27:31教えていただきたいですけど例えば北部さんはもう見た見たままの人です
27:35ああいう優しい
27:37ベイヤーの北部さんは北部さんは9歳年上ですか
27:41そうですよ北部さんとの思い出は僕が
27:45ベンチの守備走類コーチからランナーの投類があるかもしれないから
27:50ちゃんとつけとけよってベンチを見るとコーチから指示が出るわけですよ
27:55よく内野市はサイン出しますよね
27:57簡単なサインですけどピッチャーにこうやってやって
28:00牽制はしないけどサインを出して
28:02ランナーを出しますよみたいなことをやるわけですよ
28:07そしたら北部さんが来いっていうわけですよ僕に
28:12はいって言って
28:14お前サイン出すなってわけですよ
28:17いやでもベンチから
28:20あのランナーノーマークにするなって言われてますって言ったら
28:23いやもういいから気が散るから
28:26サイン出すなと
28:28サイン出すと見なきゃいけないから
28:30自分のリズムがありないから
28:31サイン出すなって言われて
28:33でも僕はコーチから言われてるし
28:36北部さんから怒られるし
28:39あと気をつけ状態だったんですけど
28:41ベンチに言うわけにいかないわけですよね
28:45なんで翔太さんに言わないのかなって思ってたんですけど
28:48川口さんもマウンドでは荒々しいんですけど
28:52めちゃくちゃ優しい人です
28:54魚釣りとか行こうって言われたら
28:57餌つけてくれて
28:59俺投げろって言われて
29:01釣ったらを外してやるっていう人ですから
29:04川口さんと辰川さんの話が大好きなんですけど
29:09ケンカの話ですか
29:11あれは参りましたよ
29:13僕はその時守ってたんですけど
29:15川口さんがサイン見ながら
29:17こうやって首を振るんですよ
29:19でやっててなかなか合わなくて
29:21もう何かこの人に合わんなって
29:23僕ら見てたら感じて
29:25だからこうまた次の委員会なんかで
29:27またこれ始まったんですよ
29:28川口さん違う違うって言ったら
29:30タツカーさんが
29:32あのこうやって歩いてくるわけですよ
29:34こうやってタツカーさん
29:36タツカーさんが来てですね
29:37ああ変わっちゃえ
29:38お前何投げたいなって言ってるわけですよ
29:41僕らもそうマウンドにいたんですよ
29:43どこどこ投げたいですって
29:45わしは出したでって言ってるわけですよ
29:47ただタツカーさんがプチン来て
29:49お前スキンせーってなったんですよ
29:52ノーサインじゃって帰ったんですよ
29:54で普通川口さんも
29:56確かにそれ困りますよと
29:58で言うじゃないですか
30:00言わないんですよ
30:02で守る方がサイン見ながら
30:03動いたりするじゃないですか
30:05それないんですよ
30:06タツカーさんも
30:07ずっとこうやって構えてるんですよ
30:09どこでも投げ怖いと
30:11川口さんは取れるもんなら
30:13取ってみろって言われてるんですよ
30:15だからタイバッタじゃないんですよ
30:18でその話をタツカーさんの前でしたら
30:20おあったなって言ったら
30:22現実知っとるかと
30:23あの後ノーヒットの抑えたんだと
30:25自慢話に変わるだけで
30:27僕らはもうたまったもんじゃないですよ
30:31そうそうですよ
30:32あとあの笹岡さん
30:34後輩の笹岡さんが
30:351999年にノーヒットノーランを記録した時も
30:39試合を締めくくったのが野村さんの守備だったと
30:42いやその前にエラーになったやつもありましたけどね
30:45あのノーヒットノーランなのにセンター前に行くやつを僕はちょっとグローブに当て
30:49でエラーかなと思ったらなかなかエラーのマークがつかないんですよ
30:54で球場がちょっとざわめけたらシーンとなってる時
30:58Eが出て球場拍手で
31:00その後にショートゴロでダブルプレーで
31:03ノーヒットノーラン
31:05そうかさ気が気じゃなかったんですよ
31:07いや気が気じゃないですよ
31:09でも人生で初めてですね
31:11エラーのランプがついて拍手が出て
31:14なるほど
31:15自分の中でエラーになれと思ったよ
31:17エラーになれと思いましたよ
31:19よく飛んでくるんですね
31:20でも野村さんのところにそういう
31:22来ますね
31:23あの大野さんが当時の西武記録を作る時も
31:27これね地方球場だったんですけどね
31:301点差で勝ってる時に
31:33ライト前に打ったら山崎さんが
31:35トンネルしてノーアウト3塁になったんですよ
31:38はー
31:39あの名手は
31:40そうです
31:41山本孝司さんは何を思ったか
31:43西武記録かっていうのに
31:45大野さんバンドを食ったんですよ
31:47え?
31:48まあ大野さんで打たれたらしょうがないって
31:50いろんな考え方あるかもしれないけど
31:52守ってる僕らを考えてくると
31:55なるほど
31:56ここでエラーしようものだなって思ったら
31:59最後のバッターは古田さんだったんですけど
32:02もう打球は良かったんですけど
32:04やらしい地方球場ですか
32:06やらしいゴルが来て
32:08でも僕もわーっても取って
32:11もうちょっと上からじゃなくて
32:12下からふわーんって投げたら
32:15あのおさないさんも緊張してて
32:18ファーストおさないさんだったんですけど
32:19緊張してて
32:20普通ファーストって
32:22普通こうやって構えてるじゃないですか
32:24おさないさんはこうやって構えてるんですよ
32:28緊張して
32:29あれもアウトになって
32:31俺だったなって言いながら
32:33あとは喜んだ話になったんですけど
32:35なんかそういう時って飛んでくるんだな
32:37ああいう経験をしてるから
32:39ピンチの時は
32:40飛んでくるじゃなくて
32:41飛んでこい
32:42飛んでこいって思うようになる
32:43もう各球団から疑われましたね
32:47古田さんは僕の折れたバットを持って帰ってチェックしたらしいですから絶対何か細工してるっていう何もしてないんですけど何でこうやって出たのかなってうん
33:29いやそんなことない
33:31トリプルスリーは
33:33トリプルスリーは
33:35トリプルスリーは先ほどの数字の中で3割と30投塁は
33:41僕はホームラン打てないと思ってたんでホームラン32本すごいですねこれそれまでは16本ねえっとレイダーになった年が一番多かったんですね16本だったんで倍打ってるんでもう各球団から疑われましたね疑われた?はい何ですか疑われた?
34:03古田さんは僕の折れたバットを持って帰ってチェックしたらしいですから絶対何か細工してるっていう何もしてないんですけど何でこうやって出たのかなって
34:15これ何気に残ったのは通りが最後になったんですから30個ちょうどギリギリなんで そうですね
34:2232本も3割もほぼ確定32本も確定して通りが最後だったんでつまりトリプルスリーの決定になったのは30個目の通りですそうです
34:30これもまた古田さんが絡んでくるんですけど絶対俺からは通りさせないよっていうような感じで僕ねディレートスリーかなんかしたんじゃなかったかな
34:40だからもう完全に僕狙われてたというかもう絶対阻止してやるっていうなんかオーラが出てたんで古田さんから
34:49またトリプルスリーってちょっとあれですよね野球選手の一つ非常に大きな魅力だよね足が速いっていうのはね
34:56うつし足も速いしってかっこいいですもんね
35:00ちょっとあれですねなんかトリプルスリーじゃないですねもう今フィフティフィフティの時代ですからね
35:06バケボールですよねそれもメジャーリーグですからすごいですね
35:13トールに関してはやっぱりちょっと日本とシステムがシステムがちょっと違うところがあるんで
35:18まあ都市でトール焼けをする選手も出てくるんですけども
35:223割打って50何本打って盗塁50個ってすごいですねカープに行ったソリアーノって4040やった時もあったんですけどあれも出てこないって言ったのがもうそれであそうかそうソリアーノそうでしたよね
35:41野村の不詳で失速巨人メイクドラマで大逆転伝説
35:48トリプルスリーの翌年になるわけですけどね
35:52翌年には7月の試合中に怪我をされて
35:56ああシュラーディングですね人口救助だったと思いますね
35:58この年前半戦で広島主位でしたが
36:02いわゆる巨人のメイクドラマというので
36:04広島が優勝を逃したと
36:07なんかこれ見るとやっぱ悔しいですね
36:097月で11.5個か
36:14広島がずるずる行ったっていうのはやっぱり野村さんが走れなかったからじゃないかな
36:18いやーまあそれだけじゃないと思うんですけど
36:20まあでもこれはもうね
36:24ジャイアンツの歴史の中ではもう大きな出来事なんて
36:27輝かしい
36:28テレビを見るたびに絶対出てきますねこれは
36:30巨人三本柱と言われていたわけですけれども
36:35そうですよね
36:36特にその中でもこのピッチャーっていうのは巨人がいらっしゃいました
36:41いやーまあ桑田くんですよ
36:43桑田ですか
36:44はい
36:44多分対戦も一番多かったんじゃないですかね
36:46結構多かった方だと思うんですよ
36:48ただですね結構打ってらっしゃるんですよ
36:51打ってますね
36:52いやでもこんなに打ってる印象なくて
36:57でもやっぱり打ってよし守ってよしって走ってもよしっていうぐらいが全部できる
37:03ピッチャーなんで
37:05なんかトリプルスリーをやっぱり記録した選手らしい評価ですね
37:08これはね野村さんの野球ってやっぱりあるでしょ
37:11相手の投手を読むっていうそれはかなりあったんでしょ
37:14読むのはありましたね
37:16これどうでしたこの読み合いっていうのは
37:18あの面白いんですけど野球ファンの方にもこういう見方してほしいんですけど
37:23配球ってピッチャーが主導でピッチャーがキャッチャーが出したりなんかして
37:27決めるじゃないですか
37:29ここを意識させて最後落とすとかいろんなストーリーがあるんですよ
37:33バッターも一応ストーリー僕なんか持ってて
37:36インサイドから入ってきた時には
37:38このシチュエーションだとまともに勝負してこない打席になりそうだなっていう
37:43読みを働かしたりとかですね
37:45バッターはバッターでストーリー作るんですよ
37:47だから打つ気がないのにテイクするのに踏み込んでいって
37:52外の球を狙っているふりをして
37:54最終形でインサイドを待つとかっていうのは
37:57やっぱり駆け引きっていうのはありますね
37:58バッターの時期で打っているようなんですけど
38:01結構みんなそういうのがあるんじゃないかなと思いますけどね
38:042000という案だという数字っていうのは
38:06時間の問題だなっていう感覚はあったんです
38:09自分の前を
38:10でも休まざるを得ない怪我になっていって
38:14苦しかったですね
38:15ヒットでもベースを蹴飛ばす
38:23孤高の天才前田智則伝説
38:26ちょっと下の世代のバッターの話を伺いたいんですが
38:30個性ありましたかね
38:32前田さんとか雰囲気柄も
38:35そうですね
38:35彼のスタイルですよね
38:37すごいんですよ
38:39こだわりが
38:40こだわり
38:41ヒットになればいいじゃないんですよ
38:43うんうん
38:44そうか
38:45イメージ通りの打球が行かないとダメなんですよ
38:48タイムリーヒットライトに
38:49会心のライト前を打つとするじゃないですか
38:52ベンチもやったお客さんもやったって言って
38:55彼はファーストでニコリともせず
38:57ベースを蹴飛ばしてるんですよ
38:59なぜかっていうと
39:02そのボール
39:02その来たボールはスタンドインしなきゃいけなかった
39:05のにそれをできなかった自分が先に来るんですよ
39:08うん
39:09だから考え方の次元が高すぎるんですよね
39:13うん
39:13もうザ・サムライみたいな感じですよね
39:16サムライです
39:17はい
39:18また再びですね
39:19野村さんのお話に戻らせてもらうんだけど
39:211999年に
39:24史上4番目のスピードで1500アンダーを達成するわけでありますよね
39:291500本までっていうのは本当にすごく順調に来てて
39:352000というアンダーという数字っていうのは
39:39あ、時間の問題だなっていう感覚があったんです
39:43一番の前を
39:44まあ、でもこの1500本以降
39:47けがってそんな大きなけがはって
39:49休むってことはなかったんですけど
39:51ここからやっぱり休むことが
39:54休まざるを得ないけがになっていって
39:57苦しかったですね
39:59ああ
40:00だからよく言われました
40:012000という数字は数字だけではなくて
40:04打つためには
40:05怪我をしちゃいけない
40:07うん
40:07で、試合に出続けなきゃいけない
40:09うん
40:09っていうのがあるんで
40:11ありますね
40:12そういうのも含めての数字だということ
40:14自分がこうけがをし始めるようになりますと
40:18今度後輩たちが出てくるじゃないですか
40:20若干そのお尻に火がついたみたいな感じはあったんですかね
40:24いや、それはもう毎年ですね
40:25毎年内野手が入ってくればライバルですし
40:28最後の最後は
40:30あの
40:31栗原健太っていう選手が出てきた時は
40:35彼をサードにするんでって言って
40:37僕ファーストに回った時は
40:39あ、これも完全に肩叩かれたなっていうふうに思いました
40:43ああ
40:43今年齢になると受け入れられるんですけども
40:47当時はそこでこう
40:49なんか
40:49あの
40:51ちょっと揉めたりするって人たちを僕見てきたんで
40:53うん
40:55だからその辺は
40:55ただ僕の場合はもう
40:56打った2000アンダー打った年にやめたんで
41:00もう山本小泉に
41:01もうそのまま言われたんで
41:02黙って文句言わずに
41:04行けと言われた時に行けと
41:06ああ
41:07って言われたんで
41:08ああいう分かりました
41:09というふうに
41:11だからもう矢本康史さんに僕は2000アンダー打たしてもらったと
41:13なるほど
41:14なるほどね
41:15うん
41:16うん
41:16引退セレモニーの時に
41:18はい
41:18お子さんに向かってお話になったでしょ
41:20はい
41:21あれは最初から考えたら
41:23いやあのですね
41:23子供たちの顔見た時に
41:25野球は楽しいぞっていうのが出てしまって
41:29はあ
41:30自然と出たんですよ
41:31引退セレモニーの時に
41:43はい
41:44お子さんに向かってお話になったでしょ
41:45はい
41:46はい
41:46あれは最初から考えたらしい
41:48いやあのですね
41:48僕も全然考えてなくて
41:51なんか子供が多いなっていうのはすごく目にスタンドを見る余裕があって最後の試合なので
41:58そうしているとイニングが進むにつれて野球を始めたきっかけからさっき父親からこういうのがあったとかっていうのは全部こう頭がよぎってくるわけですよ
42:11何百事で太田さんにすごい怒られたけど楽しかったとか大久さんに殴られた殴られたって言ってるとかありながらこうやってきたのがあって今日がもう競技者としてはおしまいっていうので子供たちの顔見た時に野球は楽しいぞっていうのが出てしまって
42:30はあ
42:31自然と出たんですよ
42:32あれは自然と出たんですよ
42:34へえ
42:35自分の回想したんですよね
42:36あれは素晴らしい言葉だったですね
42:38僕たちアナウンサーの世界でもですねやっぱり瞬発力で出た言葉って伝わるんですよ
42:44だからあの言葉はですね極めて単純明快な言葉なんですけどもあんなに伝わったトーンはないですね
42:52いや本当にありがとうございます
42:53素晴らしいお言葉はね本当に
42:54でも今はそこにカッコつけて大変だけど楽しいよってつければよかったかなと思って
43:01今日はありがとうございました
43:03ありがとうございました
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