幸徳秋水と堺利彦 非戦と平等を求めて 1 日露戦争と平民新聞
  • 12 年前
幸徳秋水と堺利彦。2人は「平民新聞」を発行し、当時の日本の「戦争支持」の圧倒的な流れに抗い、戦争反対の論調を展開する。その潔さ、信念、思想を貫く凛とした生き方は、見事というしかない。
「兵士を送る」
行矣(ゆけ)従軍の兵士
吾人(われわれ)今や諸君の行(こう)を止(とど)むるに由なし
諸君 今や人を殺さんが為に行く
否(しから)ざれば即ち人に殺されんが為に行く
吾人は知る是れ実に諸君の願ふ所にあらざることを
嗚呼従軍の兵士諸君の田圃(でんぽ)は荒れん
諸君の業務は廃せられん
諸君の老親は独り門に倚(よ)り
諸君の妻児は虚しく飢に泣く而(しこう)して
諸君の生還は元より期す可からざる也
而して諸君は行かざる可らず
行矣(ゆけ)行(ゆい)て 諸君の職分とする所を尽せ
一個の機械となって動け然れども
露国の兵士も又人の子也
人の夫也人の父也
諸君の同胞なる人類也
之を思ふて慎んで彼等に対して残暴の行あること勿れ
嗚呼吾人今や諸君の行を止むるに由なし、吾人の為し得る所は、唯諸君の子孫をして再び此惨事に会する無らしめんが為に今の悪制度廃止に尽力せんのみ
諸君が朔北の野に奮進するが如く
吾人も亦悪制度廃止の戦場に向って奮進せん
諸君若し死せば、諸君の子孫と共に為さん
諸君生還せば諸君と與に為さん
(平民新聞第十四号)
 「戦争支持」一色の日本で、この詩を世に問うことは文字通り、命懸けだったにちがいない。

『思うに幼児が井戸に落ちようとするのをみたら、誰でも走ってこれを救うのに躊躇しないだろうことは、中国の孟子が言ったとおりで、我々も同じである。
もし愛国の心をして、本当にこの幼児を救うのと同質のシムパシー、惻隠の念 慈善の心と同様にならせることができるなら、愛国心は全く美しいもので、純粋で一点の私心もないのである。
私は、いわゆる愛国心が純粋な同情、惻隠の心でないことを悲しむ。
なんとなれば、愛国心が愛するところは自分の国土に限られているからである。
自己の国民に限られているからである。
他国を愛さないで、ただ自国を愛する者は、他人を愛さずしてただ自己の一身を愛する者である。
浮ついた名誉を愛するのである。利益の独占を愛するのである。公正と言えるであろうか。私でない、と言えるであろうか』
幸徳秋水「帝国主義」
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