データで変わる認知症介護:在宅で活用できるユマニチュード
  • 8 年前
【データで変わる認知症介護:ユマニチュードの活用】
竹林洋一さん(静岡大学教授)、林紗美さん(東京医療センター看護師)、上野秀樹さん(精神科医)

現在、全国に約460万人。将来的には700万人にまで増加すると言われている「認知症」の患者。患者数が増える中で、認知症介護に対して悩みを抱える人や、自身が認知症になったときの不安を抱える人が少なくありません。そうした中、静岡大学では、専門家も経験知でしか作り上げてこられなかったノウハウを徹底分析して体系化。誰もが「良いケア」を実践できる仕組みを作る試みが進められています。
番組では静岡大学が取り組んでいる分析から見えてきた認知症ケアに関する新常識を詳しく紹介。症状の回復につながるケアのコツや、適切なケアにつなげるための症状の見極め方、医師への伝え方などなど、認知症介護がみるみるラクになる最新情報をお伝えしました。

◎「介護のお悩み」を徹底分析!
5年前から80歳になる認知症の母親を一人で介護する50代の女性を取材。アルツハイマー型認知症の母親は、短期記憶が苦手で、何度も同じことを聞いてきます。介護する女性は、その度にいらだち、きつく当たってしまうことに悩んでいました。
部屋の中にカメラを設置させてもらい、ふだんの介護を記録。そのデータを静岡大学の情報学部で分析すると、うまくいかない理由が明らかになりました。
注目したのは「話す」こと。母娘の会話を分析すると、1分間に1度の頻度で「否定」する言葉を向けていたことが分かりました。脳の機能が低下している認知症の人にとって、「否定」の言葉のようなネガティブな刺激は、健常な人よりも強く悪影響を及ぼします。支離滅裂な会話をなんとか止めようとして発してしまっていた言葉が、介護をうまくいかなくさせている原因だったのです。
スタジオでは、家庭での介護の悩みを分析するときに注目した「話す」「見る」「触れる」という項目について解説。もとになっているのは、フランスで35年の経験をもとに確立された介護の手法「ユマニチュード」です。重度の認知症患者でも劇的な改善が望めるとして注目を集めているもので、静岡大学ではこの手法が「なぜいいのか」についても分析を進めてきました。その分析結果を元に浮かび上がった介護のコツについてお伝えしました。

◎悩める介護が変わる瞬間
分析結果をもとに、改善点をアドバイスするため、ユマニチュードの達人たちが女性宅を訪れました。問題が明らかになった「話す」ことについて、ユマニチュードの考案者であるフランス人のイヴ・ジネストさんは「ポジティブな言葉で」、意思の疎通がうまくいかないときは、「好きな物・関心の高いものに関連づけて」「話題を転換する」というポイントを伝えました。
実際にイヴさんがその手法を使って母親とコミュニケーションを取ると、母親は終始穏やかな様子で、受け答えもはっきり。いつもかなりの頻度で起こる記憶の混乱も起きず、わずか2時間の関わりで劇的な変化が見られました。
スタジオでは、その後アドバイスを受けた女性が家庭でどのように実践し、どんな変化が現れたかについて紹介。さらに、女性が伝授された「ユマニチュード」の具体的なポイントについて、実践を交えながら解説しました。

◎認知症介護の「環境」を分析!
「ケア」のほかにも、静岡大学では介護の「環境」についても分析しています。訪れたのは藤沢市にある介護施設。利用者は全員認知症なのにも関わらず、誰しもが生き生きと生活できているとして注目されています。ほとんどの人が自力で歩き、会話もはつらつ。配膳や洗濯などの身の回りのこともそれぞれが能力に合わせて自分で行っていました。
この施設の環境を分析すると、3つの工夫があることが分かりました。1つ目は、家具の配置。家具や柱の間隔をわざと狭く作ることで、つかまり立ちで歩けるようになっています。こうすることで、自力で歩行することができ、体の機能を維持することができます。
2つ目は家具の高さ。こちらも1つ目と同様に体の機能を維持する工夫で、わざと低めの家具を置くことで、立ち上がるときに負荷がかかり、筋力の向上につながっていました。
3つ目は視覚に入る情報をお年寄りにとってなじみ深いものにすること。介護となると、どうしても、これまであった家具をなくしてバリフリーにしてしまいがちですが、あえて昔から使っている家具を残したり、思い出の品や映像が目に入る環境を作ることがポイント。こうすることで、脳に与えられる刺激が快適なものとなり、意欲の向上や、表情の改善につながることが分かりました。
スタジオでは、図を使って介護施設の工夫を紹介。専門家による解説をいただきました。

◎「医師への伝え方」を分析!
「医師への伝え方」についても、データを分析することでさまざまな発見がありました。認知症の人を介護する家族や周りの人にとっていちばんの悩みとなるのは、暴力や暴言、はいかいや妄想と言った、認知症の「精神症状」です。困り果てて医療機関を受診する際、よくやってしまいがちなのは「困った症状のみ」を伝えることに終始してしまうこと。
長年、精神科医として認知症の患者を診てきた上野秀樹医師は、「正しく診断され、適切な治療に結びつくためには、症状以外の『個人史』や『飲酒歴』『飲んでいる薬の情報』など、一見、認知症と関係ないと思うようなものであっても、できるだけ多くの情報を医師に提供することが必要」であると話します。
どのような情報がどんな診断の決め手となるのか。静岡大学では、上野医師が行った問診データをもとに、多くの人が事例について学べるデータベースの開発に取り組んでいます。こうして、本来、医師の頭の中にのみおさめられている情報をオープンにすることで、患者と医師のコミニュケーションが、より円滑になることを目指す取り組みをご紹介しました。

◎「医師への伝え方」の例:86歳男性 ひとり暮らし

個人史
・4人兄弟の三男
・25歳で結婚
・子どもは娘1人
・妻は10年前がんで他界
・60歳定年まで会社勤め
・定年後は近隣の人と趣味を楽しむ
・1年前からショートステイ開始
訴え
・1年ほど前から訳もなく怒る
・毎日どなりちらす
・ショートステイでもどなったり、物を投げたりする
飲酒歴
・若い頃は夜間にウイスキー1本を2日で空けていた
・会社を辞めてからは酒コップ1杯を晩酌

・胃薬を飲んでいる
症状
・5~6年前から怒りっぽい
・1年ほど前、深夜に娘を訪ねて「これから出張に行く」と言ってきた
・午前中はぐっすり寝て、午後3~4時頃怒り始める
4~5時間後、元のおとなしい状態に戻る
病歴
・2年前に腹部大動脈瘤(ふくぶだいどうみゃくりゅう)の手術をした

【認知症アシストフォーラム】
 https://ninchisho-assist.jp/
竹林洋一さんが中心になって作成している認知症に関するあらゆる情報のプラットフォーム。
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