うつ病と防衛本能
  • 10 年前
「うつ病」。世界の患者数は3億5千万人に達し、日本でもこの10年あまりで2倍に急増している。なぜ、私たちはうつ病になるのか?その秘密は、意外にも5億2千万年前に誕生した魚の研究から明らかになってきた。魚でもある条件を作ると、天敵から身を守るために備わった脳の「扁桃(へんとう)体」が暴走し、うつ状態になることが分かってきたのだ。さらに2億2千万年前に誕生した哺乳類は、扁桃体を暴走させる新たな要因を生みだしていた。群れを作り外敵から身を守る社会性を発達させたことが、孤独には弱くなりうつ病になりやすくなっていたのだ。そして700万年前に人類が誕生。脳を進化させたことで高度な知性が生まれ、文明社会への道を切り開いてきた。しかしこの繁栄は、皮肉にも人類がうつ病になる引き金を引いていた。文明社会によって社会が複雑化し、人間関係が一変したことが、扁桃体を暴走させ始めたのだ。

うつ病は脳のシステムの防衛本能に関係した扁桃体の誤作動が原因で魚や類人猿でも発症するようだ。例えば、弱い魚を肉食魚と同じ水槽に入れて置くと、本来は天敵から身を守るための働きをする扁桃体が暴走してうつ病になる。正常な魚は自由快活に動き回るのに対し、殆ど動かないうつ状態の魚からはストレスホルモンが大量に検出された。

人や猿やオオカミでは、群れを作り外敵から身を守る社会性を発達させたが、それが却って孤独感を生み、うつ病を起こした。番組では、集団から長期間隔離されていたメスのチンパンジーが、人と同じように孤独によってうつ病を発症し、まるで幽霊のようにオリの片隅にうずくまっていた。
哀しみや気分の落ち込み、好奇心や、外への興味を失う状態が2週間以上続けばうつ病と診断される。

人が生き残る為に恐怖の記憶は重要だった。恐怖体験をすると扁桃体が活発化して記憶を司る海馬に働きかけて恐怖体験を強く記憶した。その時、ストレスホルモンが分泌され、体の活動が高まり危険から逃れることができた。それが扁桃体本来の働きだが、異常な状況が継続することで誤作動を起こした。

その時、過剰に分泌されたストレスホルモンにより脳の神経細胞は栄養障害を起こして萎縮し、情報伝達機能が障害されうつ病を起こした。更に、人は優れた言語能力により、経験していない恐怖を聞くことで実際に経験したように共有化してしまい、仮想の恐怖でうつ病を発症した。

更に人が豊かさを目指して生まれた分明そのものが起因になってしまった。
最古のポタミア文明では、狩猟採集から農耕社会への変化が富みの偏在を生んだ。その結果、扁桃体は本来の天敵以外の社会的要素、孤独やねたみなどにも過剰に反応するようになった。

そのように人類の繁栄は、皮肉にもうつ病の引き金を引いてしまった。旧約聖書のアダムとイブが知恵の実のリンゴを食べてエデンの園を追われた逸話は、古代人がそのことを直感していたのだろう。

現代では職業によって、うつ病発症率に大きな違いがある。医師、弁護士などの専門職では発症率は7.5%。対して仕事を命令されたり、束縛される営業・事務職では14%。工場、土木などの単純作業員などの非技能職では18%だ。

注目すべきは、アフリカの狩猟採集民のハッザの人たちだ。彼らはライオンなどの恐怖体験があるにも関わらず、うつ病がまったくない。彼らに心の健康をもたらしているのは仲間との分け隔てない平等な生活だった。彼らは狩猟採集で得た食物をほぼ100%平等に分け合い、どんなに腹が減っていても個人が独占することはなかった。彼らは仲間との絆と、獲物を分け合うことでうつ病を防いでいた。

彼らのうつ病診断指数を調べると、極めて低い。うつ状態テスト21項目で点数化すると、ハッザの平均点は2.2点。米国--7.7点に日本--8.7点と比べると極端に低い。ちなみに11点以上軽いうつで、31点以上重いうつ病。

将来への希望についての彼らの答えは、
「朝起きたらそれだけで幸せだ。明日の幸せは明日にならないと分からない」
睡眠は、
「夜、横になればすぐに眠れる。眠れなかったことはない」
自分に自信を持っているかは、
「私は家族に取って価値ある人間です」
彼らの社会に、孤独、ねたみ、競争、格差などは無縁だった。

最新の研究では、被験者が金銭的に損をしても得をしても扁桃体は大きく活動する。対して、公平な分配ではほとんど扁桃体を刺激しなかった。そのことで、人と人との平等な関係がうつ病に大きく関係していることが科学的に分かった。互いに敬い大切にすることで社会的な結びつきが深まり、恐怖からの扁桃体の過剰反応を軽減してうつ病を防止していた。

うつ病の最新治療では、ドイツ・ボン大学病院で行われているDBS-脳深部刺激がある。それは頭に穴をあけて脳内に電極を入れ、ペースメーカーからの微弱電流で扁桃体を刺激して働きを弱め正常化し重症患者を劇的に回復させていた。

アフリカのハッザを参考にした生活改善療法-TLCは、内外で大きな効果をあげている。挨拶や会話などで心の結びつきと信頼感を強め、太陽の光のもとで定期的な運動して夜は眠る。それらの人間本来の規則正しい生活だけで患者の7割以上が薬なしでストレスホルモンが正常化し、萎縮した脳細胞が再生した。

しかし、ストレスを完全に忌避する必要はない。適度な健康的なストレスは必要だ。例えば空腹ストレスは食欲を生み、労働や運動の疲労ストレスは休息の安らぎをもたらす。もし、それらのストレスがなかったら、たちまち人は病んで死んでしまう。
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