かなり初期のインタビューで、たしか1963年だったと思うけど、それを見るたびに、自分はインタビューの前にどこかに脳みそを置いてきたんじゃないかと思うんだ。今でも時々そんなことがあるけどね! でも1963年のインタビューでさえ僕はこんなことを言っている。新聞にポール・マッカートニーやジョン・レノン、リンゴ・スター、ジヨージ・ハリソンのことが書いてあっても、まるで他人事のようにそれを読んでいるって。僕としては、あの狂気のような時代をくぐり抜けるのには、そつちの方が都合良かったんだと思う。他人事として見られるからね。ご存知のとおり、ビートルズは僕個人とは離れた、まったく別の存在だった。“ビートルズのジョージ"というのは別の存在だったのさ。本来の僕は、“ビートルズのジョージ"ではないからね。ガッカリさせて悪いけど、僕の人生において、“ビートルズのジョージ"を演じた期間はほんの一瞬にすぎないんだ。つまり、“ビートルズのジョージ"以外の時間のほうが、はるかに長いってことさ。
<ジョージ・ハリソン>
とにかくめまぐるしい変化だった。何か起きても深く考えたりしない。学校を出た時、とにかくどこかのバンドのメンバーになりたいと思っていた。定職に就きたいとも思わなかったし、自分に何ができるのか、まだやってもいないのにわかるはずもなかた。でも17歳で僕はハンブルクのザンクトパウリにいた。23歳になる頃には『サージェント・ペパーズ』を終えて、僕はヒマラヤにいた(訳註:実際には23歳の時にレコーディングがスタートし、レコーデイングが終了した時は既に24歳だった)。どれも素晴らしい経験だったし、あっという間だった。僕らはおそらく1年に20年分ぐらいの経験を詰め込んでいたように思う。
<ジョージ・ハリソン>
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