我ら仲間(少年野球クラブの歌)

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Kenntarau Takagi
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This is music made with "YAMAHA QY100" of SEQUENCERS.
これはSEQUENCERSの「YAMAHA QY100」で作った音楽です。

我ら仲間(少年野球クラブの歌)

                作詞 村崎 文 男
                作曲 高秋 美樹彦

白球追って駆け抜ける
白いベースのその先に
青空高く澄み渡り
輝く陽射し浴びながら
はやる気持抑え
息を合せながら
チャンスを見つけたなら
そこで燃えろ
あゝ我ら仲間少年野球クラブ

フレフレ フレフレ かっとばせ
フレフレ フレフレ かっとばせ

強い絆が生れる訳は
泥にまみれた苦しみの果て
誰かがエラーしてしまっても
それが理由で負けたとしても
いつか知る日が来るだろう
長い月日のその中で
挫けそうになった時
試練の波を乗り切って
立ち直る心があると

ボールを持って知る事は
頼れる仲間がいる事と
厳しい声のコーチ等が
つぼを押さえたアドバイス
試合のない時でも
たとえ大人になっても
学んだ事は人と繋がること
あゝ我ら仲間少年野球クラブ
あゝ我ら仲間少年野球クラブ

     二〇一三年三月三十一日午前四時過ぎ

      §

この詞は、店の近所の少年野球倶樂部のお客さんから應援(おうゑん)歌の依頼を受けて作つたものです。
當然(たうぜん)、曲も例によつてSEQUENCERSの「YAMAHA QY100」で同時に作りましたが、細部のところまでは出來上がつてゐませんので、 取不敢(とりあへず)、音樂は完成するまで發表は控へる事にして、詞だけを掲載します。
猶、採用されるかどうかは解らないので、不採用の時には、「庄内ゼッツ」の個所を「集う少年」に置き替へて、全國の「少年野球倶樂部」の應援歌として捧げたいと思つてゐます。
 といふのも、これまで河豚・割烹料理の『おまけ』といふ店と、ボウリングセンタアの『アルゴ』からとの二囘も依頼されてゐたのだが出來上がつた告げると、ピタツと足が遠のかれてしまつたといふ經緯(いきさつ)があつたからなんです。
 今囘はどうなります事やら。

     二〇一二年六月十九日午後一時四十五分

上記にもある通り、以前に豊中の庄内で店をしてゐる時のお客樣で少年野球の『庄内ゼッツ野球クラブ』といふ所からの以來でしたが、案の定その儘になつてしまひました。
次に豊南町の店のお客樣にも少年野球の關系者の方がをられましたが、この曲をその区域の野球クラブの應援歌(おうゑんか)にとも思ひましたが、よく考へればどちらにも失禮な話だと愚考し、それならば一層の事少年野球倶楽部の應援歌としてはどうかと思ひ到り、まだ年端もいかぬ少年達ではあるが、野球であるからには便宜上は敵味方に分れなければならず、とは言へともにスポオツをする仲間であるといふ事で題名(タイトル)も新たに、

『我ら仲間』

として茲(ここ)に發表する事にしました。

     二〇一三年四月十七日午前十時三十五分

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