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    Village de fleurs de prunier sentir 梅の里 作詞 村崎文男 作曲 高秋美樹彦 YAMAHA QY100

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    Kenntarau Takagi

    Kenntarau Takagi より

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    Village of the plum Village de la prune
    梅の里

    作詞 村崎文男 作曲 高秋美樹彦 YAMAHA QY100

    梅の里

    春淺き山里を
    訪ねんとて道を行けば

    肌寒き風の中
    ほのかに香りぬ

    せせらぎも寄添つて
    川音を聞かせ

    枝を戀ふるやうに
    鶯も飛び來る

    やるせなき人あれば
    惱みはらせと語るやうに

    山里に春を告ぐ
    初音を聞かせよ

    春遠く逢へぬ人
    偲べば胸はふさがりて

    訪ね來た山里を
    さすらひて獨り

    陽を浴びた梅林(うめばやし)
    人影も見えず

    鄙(ひな)の佇(たたず)まひに
    心は慰む

    梅の香よ 鶯よ
    君と愛でる術もなくて

    せめていざ都への
    空に屆けかし

    二〇一三年二月十七日(日)午後五時十五分

    梅の里(現代版)

    春淺い山里を
    訪ねやうと道を行けば

    肌寒い風の中
    ほのかに香るよ

    せせらぎも寄添つて
    川音を聞かせ

    枝を戀ふるやうに
    鶯も止つて

    やるせない人あれば
    惱みはらせと語るやうに

    山里に春來たと
    初音を聞かせて

    春遠く逢へぬ人
    偲べば胸はふさがつて

    訪れた山里を
    さすらつて獨り

    陽を浴びた梅林(うめばやし)
    人影も見えず

    鄙(ひな)びた佇(たたず)まひに
    心は癒されて

    梅の香よ 鶯よ
    君と愛でる術もなくて

    せめてものこの思ひ
    都に屆けよ

    二〇一三年三月六日(日)午後二時過ぎ

    後書

    以前に『節分の歌』がないからと不滿さうな顏を長女がした。
    それならと自ら彼女が作曲したので筆者が編曲をして、それを「YouTube」にアップする運びとなつた。

    その時に、『梅』の時期の音樂もないんだと件(くだん)の娘が宣(のたま)つた。
    それならばと、今度は拙者が樂の音を作りた給はらんと、かくは算段する破目に陷(おちい)つた。
    曲の動機は詞と共にすらすらと出來てサビの部分も旋律(メロデイ)は容易だつたが、さて詞となるとさうは行かない。
    右往(みぎゆ)き左往きしながらつひに出來たのが、上に發表したものである。
    音樂は伴奏が完成するまで暫くお時間を戴きます。
    ご鑑賞ください。

    二〇一三年二月十七日(日)午後七時三十五分 店にて

       きびしさに堪へたればこそ梅便り 不忍 

    やはらかくしたいので「嚴」を使はず平假名で表記したが、萬葉の頃に花といへば梅の事でそれが古今邊りから櫻になつたといふ。
    梅は櫻と違つて嚴しい冬を越えて咲いても、まだ寒さが殘る中で健氣に次の蕾に繋がうとする。無力なれどせめて東北に發句の便りなとせむ。
    「せむ」で思ひ出したが、「梅」は呉音の「メ」から來てゐて「平仄」の「仄」で「mei」と發し、日本語でも「メ」で、「ン」といふ音に誘導されて發した。
    「ン」は當時「ム」と表記してゐ、「ムメ」と書き、「mume」の「m」が脱落して「ウメ」になつたと考へられ、因みに梅の漢音は「バイ」だ、といふマイミクとの遣取りがあつた。