検索履歴をすべて削除しますか?

削除しない場合はキャンセルを選択してください

バトル・オブ・プエブラ 勇者たちの要塞(Cinco de Mayo: La batalla)予告編

3 年前144 views

crazyhis

歴史系映画

allcinema
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=348852

IMDb
http://www.imdb.com/title/tt2553908/

2013年 メキシコ映画 125分 日本語字幕版あり

ヨーロッパ諸国によるメキシコ介入時の1862年5月5日に行われたプエブラの戦いをメインにした物語。
映画はスペイン・イギリス・フランスが債務不履行を理由にメキシコへ遠征軍を送る決定をした1861年10月のロンドン会議辺りから始まる。
当時アメリカは南北戦争に突入していて連合軍のメキシコ遠征に干渉する可能性が非常に低くなっていたのも遠征軍を送る誘因になっていたそうだ。
特にフランスは中米にアメリカに対抗できる、フランスの属国をつくろうとの野心もあった。
1861年12月14日にスペイン軍の先遣隊が抵抗を受けずにメキシコのベラクルース港に上陸、1862年1月には約1万人の連合軍本隊が上陸した。
1862年2月19日にメキシコ政府はイギリス・スペインとは撤退の同意を取り付けることに成功し、両国軍は4月頃から順次撤退している。
フランス軍だけはメキシコ征服を目指して留まった。もともと他の国とは目的が違ったってことのよう。
フランスの目的がはっきりしてきたこともイギリス・スペイン撤退の誘因となっている。
この辺りに保守派のメキシコ軍がフランス軍に合流している。
メキシコ軍の一部がフランス側についたのは当時メキシコは内戦中だからだ。
4月28日に数千人規模の最初の激突がアクルツィンゴで起こる。
兵力はフランスが6000、メキシコが正規軍2000、義勇兵4000で、映画だと制服を着てるか私服かで表現していた。
この戦いはメキシコ側が撤退して終わる。
5月4日にフランス軍はプエブラ近郊に進出し、翌日に戦いが起こった。
兵力はアクルツィンゴの戦いのときとほぼ同じだったらしい。
ただ両軍ともに戦闘や病気による損失で数が減っている。特にメキシコ軍はアクルツィンゴの戦いで大きな損害を受けていたようだ。
戦いは丘や砦に陣取るメキシコ軍に対してフランス軍が再三にわたり突撃を仕掛ける形で進んだ。
突撃が失敗するたびにメキシコ軍が反撃に出て、新手のフランス軍と遭遇して退却するの繰り返しで、最終的にフランス軍が総崩れになり、退却した。
映画の描いてるのはここまでで、この翌年援軍を得たフランス軍が巻き返しに出てメキシコはフランスの占領下に入る。

映画ではフランス軍とメキシコ軍が中心で、イギリスやスペインは殆ど出てこない。
フランスの将軍対、メキシコの将軍の対決って感じもしてくる。
この遠征のフランス軍の主力はアフリカの植民地兵、ズアーブ兵で、映画でもフランス歩兵の殆どがズアーブ兵のように描かれてる。
フランス兵による捕虜の虐殺とか、女性に対する暴行とかも描かれてる。
戦いは実際の様子を再現しようとしている感じ。
メキシコの栄光の歴史の再現ドラマって感じだ。

参考文献
メキシコの歴史 (ケンブリッジ版世界各国史)  ISBN-10: 4789300560
メキシコの歴史 ISBN-10: 4106001993
ナポレオン三世 ISBN-10: 4560509514
The works of Hubert Howe Bancroft Volume 14 ASIN: B00B354L0Q

動画を報告

問題を選択

動画を埋め込む

バトル・オブ・プエブラ 勇者たちの要塞(Cinco de Mayo: La batalla)予告編
自動再生
<iframe frameborder="0" width="480" height="270" src="//www.dailymotion.com/embed/video/x31bvtu" allowfullscreen allow="autoplay"></iframe>
上の埋め込みコードであなたのサイトに動画を追加します。