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Herkus Mantas 戦闘シーン

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crazyhis

歴史系映画

IMDb
http://www.imdb.com/title/tt0204344/

1972年 ソ連映画 145分 英語字幕版ならあり

13世紀にドイツ騎士団が支配するプロシアで、原住プロイセン人の一部族、ナタンギア人を率いて戦ったプロイセン貴族の物語。
映像がかなり悪い。暗くてよく見えない。字幕は横にはみ出して一部読めない。
かなり劣悪な撮影機材を使ったようだ。
戦いの描写なんか何が起きてるのかよく分からない。なんとなく騎士団負けてるんだなってことが分かるくらいだ。
予告編が見つからなかったから、一番わかりやすくて映像の状態もましなケーニヒスベルクの戦いの映像。
リトアニアの民族主義の流れをくむ映画だそうだ。プロイセン人はリトアニア人に近いって考えられているからヘンリク・モンテはリトアニアの英雄のひとりってことになるそうだ。
モンテはプロイセン人だけどドイツで教育を受けて、ドイツ人の妻をもらい、その妻をすごく愛してたからキリスト教とプロイセンの土着の宗教の間の葛藤ですごく悩んでる。
周囲の者の中にはモンテを裏切り者だの、スパイだのと見ている者もいて悩みがさらに深くなるって感じだ。
さらに息子が騎士団に人質として取られてる。
そんな状態でもできる限り部族のために戦って、妻のために捕虜を救おうとしている。だけど力及ばず、捕虜は殺されるし、最後には負けてしまう。
いくら勝っても西欧のカトリック諸国からどんどん十字軍が来くるから、いつか力尽きてしまうだろうってことも強く認識してる感じだ。
最後にモンテ死後、息子がドイツ騎士団に加入してしまうのはプロイセン人の歴史を暗示してるのかもしれない。

正直言ってヘンリク・モンテを全く知らなかった。それでドイツ騎士団関連の書籍をいくつか当たってみたけど、邦書の北の十字軍に書かれている以上の情報はどこにもなかった。
それで14世紀に作られたドイツ騎士団の年代記をさらってみると少し情報が出てきた。
だいたい映画で描かれている感じな模様。
ドゥルベで騎士団がリトアニア大公に惨敗してプロイセン人の一斉蜂起がおこる。ヘルクス・モンテもナタンギア人を率いて蜂起に参加した。
ポカルベンの戦いでモンテが騎士団を打ち破る。映画だと森の中で何やらやっているうちに騎士団が負けたって感じに描かれている。
続いて攻城戦。実際にもモンテは騎士団の城をいくつか占領している。
映画だと陥落した城の城代はコムトゥール(管区司令官)ヘルマン・サラセヌスになってるけど、実際にはポカルベンの戦いの前に戦死しているからモンテの攻めた城にはいない。
ドイツで教育を受けたってのも本当な模様。騎士団ではプロイセンの有力者の子弟を預かって教育してたのだそうだけど、モンテもその一人に入っていたそうだ。
その頃に騎士団の戦い方を学び、他にも有事の際の隠れ場所なんかも見聞きして、後の戦いに生かしてる。
妻や子がいたのかなどは書いてなかった。

参考文献
北の十字軍 ISBN-10: 4062581124
Peter von Dusburg. Chronik des Preusenlandes ISBN-10: 3534006046
Die Geschichte des Deutschen Ordens in Preussen ISBN-10: 392975942X

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